進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

「ビヨンド・ザ・エッジ」で確認するヒラリーの強靭さ

さて、過去記事の続編です。

マスターは学生時代、大学の図書館に収められていた
ヒラリーの分厚い自伝本を拾い読みしたことがあります。

それによると、戦時中ヒラリーと一度登山に出かけた戦友は
ヒラリーのあまりの「強さ」にしり込みして、二度と一緒に
登山に出かけなかったそうです。

映画でも家業の養蜂業で蜂の入った箱を持ち上げるシーンが
再現れていますが、
マスターが注目したのはヒラリーの服装です。

記録フィルムやそれに合わせた再現フィルムを見ると
他の隊員が寒さの中、セーターやヤッケを着込んでいても
ヒラリーのみ、毛のカッターシャツだけですました顔をしています。
毛のカッターシャツの下には、私もかって着ていた粗いメッシュの下着を着ている。
あれは普通夏山で着る物で
エベレストのように万年雪の世界では、常人では寒いと思います。
またウッドシャフトの時代とはいえ、ピッケルも素手でつかんでいる。
(さすがに登頂目前の最終キャンプではそうもいかないですが。)

これだけでもヒラリーが強靭な肉体を持っていたことが傍証されます。

やはり初登頂はなるべくしてなったものと思われます。
当時のヒラリーのカッターシャツ姿の写真をアップします。
ヒラリー

去る夏や友はこれから一仕事





スポンサーサイト

PageTop

大峰・海南・高野山・京都・同行何人?その5

大粒の雨は一晩中降り続けた。そしてやむ気配はない。
ここで停滞も考えた。でも少し歩けば登山道は車道と並行するはず。
つまり脱出不可能な山中ではないので、ずぶ濡れ覚悟で出発をする。
雨をたっぷり含んだテントは重い。
シュラフは乾いているが、ザックの中でテントの水を吸い込むだろう。
今日は玉置神社を過ぎて、行けるところでまで行き、テントを張る予定。

貝吹金剛(名前からみると法螺貝を吹きたくなるような見晴らしの良い
場所を想像したが事実は逆)の窪地を出発。同宿のツェルトの方は逆方向へ。
すぐに疎林のなかの緩やかな登り。これまでとは勝手が違う。
緩やかな登降を続ける。雨は相変わらず降っているが、樹林のため風は気にならない。

途中で「21世紀の森」への分岐点を見る。
そういえば、行者さん一行は昨日「『21世紀の森』に一旦降りて
泊まるか。」と話していたのを思い出した。

ここは下調べでは森林公園だが、とりあえず雨露をしのげる
東屋位はあるのだろうか。

突然「21世紀の森」の方向から法螺貝の音色が聞こえた。
あの行者さんたち一行なのだろう。

そうか、法螺貝というのは単に祈祷のためではなく
山中に出会った他の行者さんたちに自分の位置を教えて
道中の無事をお互いに確認し合うための手段であったのか
と初めて悟った。古人のネットワークの智慧である。

雨中淡々と道を歩む。巻き道も設定されていて歩きやすい。
やがて車道に飛び出す。雨ゆえ通過する車も少ないが
登山服に雨具こそつけているが濡れ鼠のマスターを
通過する車の車中の人たちは興味深げに覗き込む。

何度か車道と登山道は交差し、あるいは車道を歩く。
玉置山への入り口のあたりで、行者さん一行が追い付く。
先ほどの法螺貝はやはり行者さんが吹いたそうだ。

行者さんとはここで別れる。
玉置神社の後は無事下山されたのだろう。
(玉置神社のあとは本宮まで宿泊施設はない)

玉置山頂は何もなかった。雨で景色も見えない。

山頂から急降下。神社の奥ノ院に裏側から入る。
やがて石段の急降下で神社本殿の裏側に飛び出す。

正面は熊野側を向いているようだ。裏口入社である。

法螺貝に驚き飛び出す藪の鳥



PageTop

大峰・海南・高野山・京都・同行何人?その4

雨は止んだが、空は相変わらず暗いまま。また降ってくるだろう。
降雨のまえに今夜のテントサイト「貝吹金剛」にたどり着かないと。
細かいコブの登降に悩まされながら標高が低くなるのを感じる。
樹林は針葉樹主体となり、やや暑くなっていく。
森の中に「貝吹野」と呼ばれるポイントに着く。
岩屋らしきところで、テントを張れないかとみるが、わずかな
平地に小堂があり無理だ。

鉄砲下りを終えると、樹林帯の中に、道の両側に小型テントが
数張りなんとか出来る窪地を発見。「貝吹金剛」と書かれた
標識もある。もっと大きく広がりのある天場を想像していたので
がっかりする。18時を回っていた。

すでに先客のツェルトが樹間を利用して一つ張られている。
なかで寝ているのか、物音一つしない。
睡眠の邪魔をしないように黙ってテントの設営を始める。

しばらくするとツェルトからサイレン音が響いてくる。
声をだしてテントを設営中である旨を伝える。
中から返事がきた。やはりクマと疑ってサイレンを鳴らしたそうである。

設営中からまたもや雨が激しく降り始めた。
幸い、床は濡れていない。ザックもまだずぶ濡れでない。
雨は止む様子はないが、シュラフは濡れておらず、寒さに震えることは
なさそうだ。食事のあとはそそくさにシュラフに入り込む。
明日も雨なのだろうか。濡れテントでザックの重量は増す。
この山域が日本有数の多雨地帯であることを思い知らされる。

乾きたる青草の上に夢結ぶ

PageTop

大峰・海南・高野山・京都・同行何人?その3

翌朝は日が出るのが遅かった。
正確に言うと、天候悪化で雲天のため日差しがなかったのである。
朝食を済ませ、6時少し前に出発。
水は他の人が汲み置いてくれたのを利用する。
小屋内の貯金箱に一泊の使用料と水代を感謝の念と共に入れる。

はじめこそ調子が出ていたがやがてすぐに鈍足になる。
倶利伽羅岳などを越えていく。
昨日天幕を考えていた怒田ノ宿跡までは3時間以上かかったろうか。
後から追いついてきた同宿の人に
「昨日あそこに泊まらないで、ここまでくるまでに真っ暗に
なっていたでしょうね。」と笑って話した。

怒田の宿を過ぎるとすぐに行仙岳の登り。
この山域にしては珍しく巻き道がついている。
天候は曇りで展望は望めないので、迷わず巻き道を選ぶ。
行仙宿小屋に到着。まだ午前中だ。

この小屋も地元山岳会が手入れをしている。
丁度、登山道の手入れに入山している山岳会の方に会い、
礼を述べる。水も汲み上げてあり、またカネを入れる。
カネを入れるより、自分も水場からポリタンクに入れて
汲み上げるべきだが、何分疲労しているので勘弁を願う。

天候はますます悪化。たぶん午後からは雨だろう。

笠捨山を過ぎたころからやはり雨となる。
地蔵岳の岩場・鎖場の通過は雨中と思うとがっかりだ。

この辺写真を数枚撮影したはずだが、帰宅後みると何も
写っていない。疲労して操作をまちがっていたのだろうか。

地蔵岳の岩場・鎖場は思っていたほどではなかった。
巻き道は随分前から崩落を理由に廃止されている。
むしろこの山域に挑むのならば、この程度の岩場・鎖場
はクリアできる程度の技量は前提だろう。
もっとも、マスターは最後の鎖場で濡れた鎖のため
十センチほどスリップしてしまった。

鎖場を過ぎ、時々広い見通しのよい草場が現れる。
雨もようやく止んだ。

春の雨体をじっとり濡らしけり




PageTop

突然の訪問者

さて、明日の天候は気がかりながら小屋内では早くも
各自夕食をとった。「水場で子熊を見た。」という人が
いて盛り上がっていた18時過ぎ、
ふと窓を見ると男女混成のパーティーがぞろぞろと
明日向かう登山道を降りてくるではないか。
すぐにリーダー格と思われる男性が扉を開けて頼み込み始めた。
「私たちは9人です。今日できるだけ進みたいのですが、
ここに泊まりたい。何とかならないでしょうか。」
戸惑う先着者たち。一人が口を開ける。
「ご覧のとおりここは狭いです。あと一時間歩けば
日没ぎりぎりですが、ここより大きい持経の小屋があります。
そこまで歩かれたらどうでしょう。」と述べた。
幸い、パーティーはその言うことを聞いて持経の小屋へと向かった。

普通、このような無人小屋しかない山域では
大パーティーは天幕持参が常識だし、そのような装備を担げない
のなら入山そのものが危険である。

小屋の中では「彼らは日のあるうちに小屋についただろうか。
もしかしたらライト・寝袋も持っていないのでは。」と心配する声も上がった。

翌日、マスターがべた遅れで苦しんでいると、登山者が追い付いてきた。
持経の小屋に泊まったそうなので、様子を聞くと日没直前に9人組は
小屋に入ったそうだ。すでに2パーティー6人ほどが入っていたので
あの広い小屋でもほぼ満室状態になったそうである。

天幕を持たない大パーティーについては、過去にも遭遇したことがあり
話し出すと切りがない。今回はここで打ち止め。

春霞小屋を覆えり不安増す

PageTop

大峰・海南・高野山・京都・同行何人?その2

翌朝は4時頃起床。朝食(レトルト粥・缶詰・インスタントみそ汁)を済ませ
テント撤収。相変わらずの晴天。5時20分ころ出発。
すぐに天狗岳への登りの樹林帯に入る。道中二か所ほど天幕適地を見る。
もう少し脚が早ければこの辺での宿泊も可だった。

細かいコブ(登降)に早くも悩まされてピッチが上がらない。
北アルプス・八ヶ岳など夏道登山道が整備されているところだと、
山腹を巻いた登山道が設定されて疲労しないようになっているが
ここはやはり修行の地。稜線通りに道が付けられている。
疎林のため踏み跡が定かでなくなるところは、
木の幹につけられたテープが頼り。(これがのちにトラブルの元となる。)

天狗岳山頂を踏んだ後、道迷い。
ピークは縦走路から外れているのだが、縦走路中にあるのと
勘違いして、ピーク直下の踏み跡に二回も迷い込む。
約30分のロス。 写真を撮ったはずだが無い。
デジカメも新調のため、操作が不慣れなのだろう。

ようやく縦走路に戻り標識を確認する。

「多くの人が迷うのだから。」という言い訳はできない。
遭難する時はその時が100%なのである。

嫁越峠で、携帯の電源を入れたら奇跡的につながる。
メールが入っており返信。

落葉樹の疎林で標高も高く、まだ若葉が付いていないので
見通しは良い。コブの連続で疲労しなければ最高なのだが。

この山域に入る人は、徹底した装備の軽量化をしてほしい。
重複した装備・食料はなるべく避けるように。

天候も良くフラフラしながらようやく14時ごろ
「持経の宿(無人小屋)」に着く。大休止。
P4290021_convert_20120513090421.jpg

地元山岳会によって手入れがなされており、
室内外ともにきれいに保たれている。
P4290020_convert_20120513090518.jpg

水場は小屋の前まで来ている林道(車両通行不可)をたどり、
しばらくした斜面から少しずつ湧き出ている。
早速補給する。まだ日が高いので、もう少し先まで進む。
ネットでの事前調査では次の「平治の宿」を過ぎたところに
天幕適地があるようだが、またもやコブの連続で疲労が蓄積。
天候も怪しくなってきたので
同様の無人小屋である「平治の宿」で荷を解く。16時過ぎである。
P4300022_convert_20120513090611.jpg
ここは時経の宿の半分ほどの広さである。

同宿は前日のバスから一緒になった人、先の行者さん二人組など
見知った顔の人たちばかりである。

ラジオでは翌日から関西地方の平地でも天候が崩れると伝えている。

前日下着のままで寝袋に入ったらやはり寒かったので
今日はカッターシャツを着込んで就眠。

場所がらか誰も酒は担ぎ上げていない。宴会とならずホッとする。

新芽さえまだ出でざりし奥の峰

PageTop

下ノ廊下登山道通行止め。開通は来シーズン以降か?

富山と長野の県境付近を震源とする地震が相次ぎ、黒部峡谷の登山道では
落石や崩落が多数見られるとして、登山道の一部が8日から通行禁止となっています。
 登山道を管理する関西電力によりますと、通行禁止となっているのは
旧日電歩道の仙人平から黒部ダムまでの16.6キロです。
 県警がヘリコプターで上空から確認したところ、
地震が原因とみられる落石や崩落した箇所が多数確認されたことから、
8日朝から通行禁止としました。
 今月5日から富山と長野の県境付近を震源とする地震が相次いでいて、
黒部峡谷の下ノ廊下では7日、
地震が原因とみられる落石で新潟市の女性1人が死亡、
女性1人が大けがをしています。
 黒部峡谷鉄道は一部通行禁止を知らせる掲示を宇奈月駅に出し、
注意を呼び掛けています。

http://www2.knb.ne.jp/news/20111008_29862.htm

マスターが昨年歩いた「下ノ廊下」。(過去記事はこちらから順繰りにご覧ください
黒部峡谷に穿たれた道ですので、残雪が多く例年秋にしか通行できません。
北アルプスではあまり聞かない地震のために桟道が各所で崩落という異常事態となりました。
記事にも書いている遭難者と遭遇した方がさっそくブログにその様子をアップしています。
動画も含めて必ずご覧ください。

これだけの崩落だと桟道を架けるか、岩場に道を穿たないといけません。
まだ余震を続くとみられますので、今シーズンは不通のままでしょう。
さらに来シーズンは登山道の補修だけで終えるかもしれません。
現時点でも昨年マスターが歩いた時より荒れています。

白馬岳大雪渓登山道同様、閉鎖も視野に入れたルートの見直しが必要です。
↑こういうことを書くと、リアルでもネットでも「あの道は以前歩いた。
楽しいし注意すればよい。大げさだ。」という方がいます。

ハッキリ言います。そういう人は登山経験が少ないか未熟です。
山歩きは歩けば歩くほど慎重を心掛けていくものです。

紅葉さえ押し流される岩の滝

PageTop

高川山に出かける

秋の一日。大月の外れの高川山に出かけた。
一般的には大月のひとつさきの初狩駅から登るが
今回は大月からの縦走コースを選んだ。
11030001.jpg
8時過ぎに大月駅を出発。
ネットでコースは調べており、大月市立中央病院に向かう。
病院の少し先が登山道である。
(逆光なので都留市側から撮影)
11030003.jpg
標識にあるように、防空監視所跡へ向かう。
車道が切れて、ジグザグ道を尾根に取りつくとすぐに監視所跡である。
戦時中、ここに聴音機を設置。敵機来襲に備えた。
聴音機の設置場所あとである。
11030004.jpg
この小さな町も’45年8月13日に空襲に遭っている。
日本は8月10日にポツダム宣言を「国体護持」を条件に
受諾を連合国側に通告。
それへの「力での返答」とも受け取れる。
慌てた日本は再び御前会議を開き「無条件受諾」を決定する。
「国体=天皇国家主義」維持のためにまたもや犠牲が出たことは
痛恨の極みである。

参考に聴音機の写真。
レーダーの開発・配備に遅れていた日本はこういう旧式兵器に
頼っていたのである。
聴音
尾根道をかなりのアップダウンをしながら登る。
この山域の特徴である。
こういうことは「百名山」追いかけだけしていればわからない。
11時過ぎ山頂着。富士山が美しい。
11030006.jpg

狭い山頂は、初狩からの登山者で一杯である。
11030007.jpg
帰路は初狩駅へ。
急坂の急降下である。12時ちょうどに初狩駅着。
何もない駅前だ。下山祝いは大月駅に途中下車しておこなおう。
11030008.jpg

秋風や監視所跡の石の壕

PageTop

黒四ダム バテる 帰京

歩みが遅くなったのを気にしながら
ごろごろした丸石が散在する路をマスターは歩む。
ようやく木立の中から巨大なコンクリート壁が見えてきた。
黒四ダムである。
観光用の放水も見えて、この長時間の「歩き」のフィナーレを飾るにふさわしい。
時刻は午後3時半頃。遅れたとはいえ、当初予定の4時半のトロリーバスには間に合う。

10100038.jpg
余談だが、アルペンルートとその周囲は大町からより富山から入山する方が感動する。
大町からだといきなり「変なところのトンネル」をくぐってダムに
たどり着くのだが、富山側だと「ヤマが近づいてくる。」という
感覚をがっしりと味わえる。今回もそうだった。

それにしても山歩きの最後が人工建造物へよじ登るというのは
いかにも自然と人智のせめぎあいをしてきた黒部らしい終わり方だ。
10100039.jpg
ダム下の堰堤の仮橋を渡って振り返る。
丸二日をともにした黒部川ともこれでしばしの別れ。
踵を返して黒部ダムへの坂道を登ろうとするが、

足が動かない!
目的地に無事達したために、一足先に緊張感がほぐれ
バテテしまった。無念!

牛歩というか摺り足状態で坂道を登り始める。
30分もあれば十分な道を一時間以上もかかってしまった。
途中で4時半のトロリーバスの汽笛を聞く。無念。
一休みして、道が車道に変わるころ、岩盤に扉がついているのを発見。
指導標がついているので開けると、
中は宿直者用のだろうか洗面台がズラリ。
時間があればここで下着を着替え、身づくろいをするが今回はパス。
一旦トンネル内のバス乗り場に飛び出し、逆に切符売り場に向かう。
ここからは一般観光客の世界。
10100042.jpg
アルペンルートの悩みの種。
交通機関のキャパシティが違うので乗り換え時に行列ができる。
切符を買って行列の末尾に向かう。
観光客は韓国人の団体が多い。
10100040.jpg

かって映画「黒部の太陽」のスチール写真が飾られていた場所には、
ご時世か数年前のテレビ版のスチールと衣装・小道具に変わっている。
通路の内装も改装したようだ。以前はもっと暗かったように思う。

あとはトロリーバス・路線バス・信濃大町から「あずさ」号と大散財。
16時半のトロリーバスに間に合えば、大町から普通列車で帰京できたのに残念。
家計を節約できたのに。帰宅は23時ころだった。

待望の黒四の飛水身に浴びる

PageTop

黒部別山谷出合から内蔵助谷出合まで 

別山出合を過ぎるとガイドブックの説明とはうらはらに
歩道は難易度が低くなる。
その代り、ごろごろした河原歩きの細かいアップダウンが出てくる。
水を吸って重くなったテントを担いでいる身にはこたえる。
だんだんペースが遅くなって行くのが自分でもわかる。
相変わらず雪橋が現れ、絶景は続く。
10100027.jpg
雪の上を歩いて対岸に渡れそうな雪橋が見えてきた。

10100028.jpg
近づくと丁度正午を過ぎたころのためか、表面がティラミスに見えて困る。

歩道が回り込んだところで昼食休憩をとる。

10100029.jpg
対岸に滝が見える。「新越ノ滝」だろうか。

10100033.jpg

さらに歩くと
三段になっている沢が流れ込んでいる。
鳴沢だろうか。
10100035.jpg


この辺からペースが落ち始めてしまう。
ようやく内蔵助谷出合に到着。

若いパーティーが谷から降りてきたので、また撮影を頼む。
ここからは完全に谷筋を細かい登降をしながら歩く道になるので
ヘルメットを脱ぐ。太陽も射してきたので、雨具も脱ぐ。
丸山東壁が圧倒的存在感で佇む。

内蔵助jpg
ティラミスに似たる雪橋昼餉時

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。