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こんな本を読んだ「足の裏で歩む」

筆者は元曹洞宗管長にて、
現在は越前市に専門道場御誕生寺の住職をされている。
マスターごときにわざわざ近著を贈呈されたので
ここに紹介します。

ガンと共生しながら米寿を迎えられたのは
やはり長年の精進のなせるわざと思う。

内容は、聞き書き形式の半生を振り返るエッセイ。
人生相談形式の一問一答。
今後の日本への展望・苦言に三分される。

語り口は平明で、仏教用語の羅列の本ではない。

文字も大きく写真もあり、すぐに読了できる。

所謂「仏教入門書」ではないが、名僧と言われる方の
思考・行動を知りたい人にはお勧めである。

御誕生寺では板橋師が猫好きということで、
多くの猫を飼っており、その写真を見るだけでも
買う価値がある。

足の裏で歩む―板橋興宗米寿記念随想足の裏で歩む―板橋興宗米寿記念随想
(2014/04)
板橋 興宗

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ベランダに散りし桜が降り積もり

2014年5月11日追記
Amazonに出ましたので、写真を差し替えました。

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こんな本を読んだ「超格差社会・韓国 (扶桑社新書 56)」

著者は「1970年代から韓国ビジネスにかかわっている」者というふれこみだが
種を明かせば某有名新聞のソウル支局長経験者である。
あえて変名と偽のプロフィールを用い実力勝負に及んだ次第である。
著者自身あるサイトの自己紹介欄でこの本を挙げているのでネタバレは許してくれるだろう。

ここに紹介されている韓国社会については、著者はほかの実名で書いた著作同様、
いいとも悪いとも言わず淡々と事実を述べているのがほとんどだ。
しかし変名ゆえかわずかに著者の意見をのぞかせている。

たとえば韓国財閥の一族支配構造と北朝鮮政府のキム一族支配の構造が類似していることは
他の識者が古くから指摘しているところだが、それを踏まえてか
韓国財閥が創業者から三代目への権力移譲に汲々としている描写をとらえて
すでに実力社会に突入して法整備も行われており、三代目への世襲はうまくいかない、
また認めてはいけないと断言している点がある。
つまり暗に北朝鮮の「三代目世襲」も「うまくいかない。認めてはいけない」
と言っているわけであり、この筆者にしてはかなりはっきりとした意思表示をしている。
長年韓国社会を見つめ、韓国政財界に太いパイプを持つ著者の言だけに
その意味は大きく重い。

単に「韓国社会は絶え間ない競争社会。韓国人は走りながら考える。」という
表のメッセージばかりでなく、著者が伝えたい裏メッセージも読みほぐすのが
この本の読み方の一つでもあろう。

空梅雨やいつもの原で遊ぶ猫


超格差社会・韓国 (扶桑社新書 56)超格差社会・韓国 (扶桑社新書 56)
(2009/08/28)
九鬼 太郎

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こんな本を読んだ「ムスティクの冒険」

アルジェリアの人質テロ事件を知ったとき、この本を読んだことを思い出した。

小学校2年だと思う。フランスの児童文学の翻訳である。
主人公のムスティク少年が冒険をする話だが、
マスターは当時から確か北フランスにある主人公の家から
なんかの理由で旅をする話が気にいっていた。
旅の目的地はアルジェリア。
当然、地中海を渡るのだが、少年ムスティクは
マルセイユで「ボルボスのおばちゃん号」という奇妙な名前の
ぼろ船の船長と掛け合い、無事渡海に成功。
最後はサハラ砂漠の真ん中の石油プラントまでトラックに便乗して、
プラントで働く大人たちを見て感動する
という、現代的な童話である。

マスターは地理に関する知識は早熟で
小学校入学時に母にせがんで、地球儀を丸光デパートで買ってもらった。
確か800円だった。
余談だがその地球儀は仙台宅に今も残っている。

その地球儀のおかげで、アルジェリアの位置は知っていた。
本作を読んでいて、石油の話になったとき
アルジェリアはフランスから独立したばかりで、
フランスとは関係が深いことも理解できた。


この本を読んでまもなくしてから、図画工作の時間に
「読んだ本のなかの気に入った部分を絵でかきなさい。」
という課題を与えられた。
マスターはムスティクが、マルセイユで船長と交渉している絵を描いた。

不器用でいままでマスターの絵は担任に褒められたり、教室の壁に
張られたりしなかったのだが、「本作」は担任の褒めることとなり
教室の後ろの壁に張られる光栄に浴した。

ネットで調べると数件のレビューがあった。

ほかの人はもっと子供らしいエピソードが
心に残っているようで、サハラ行にはほとんど触れていなかった。
逆にマスターは、それらは「そういえばそういう話もあったな。」
とおぼろげに思い出した程度である。
当時から「ヘンナ子」だったのだろうか。

一握の砂ほどの命か冬日落つ
蒸す
ムスティクのぼうけん (学研小学生文庫 10)ムスティクのぼうけん (学研小学生文庫 10)
(1979)
ポール・ギュット

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「昭和」を読む会に参加

マスターのブログ仲間である歌人の木村草弥氏
最近新作歌集「昭和」を出版された。

マスターごとき者にも、「池袋で読書会を開くので
是非参加を」との話しがあり、畏れ多いことながら参加させていただいた。

木村氏はブログ中しばしば「トシなので上京する機会は無いかも」と
書いていたので、著者不在のこじんまりとした輪読会みたいなのを
想像していたら、あらま驚き木村氏も元気な姿を見せていた。
読書会は数人のパネラーの批評と他の参加者の感想を述べて
大変面白かった。

参加者の皆さんはマスター以外はどこかの短歌結社に所属されていた。
マスターも俳句を実作しており、句会の先生からは先生の主催する結社への
参加を勧められているが、多忙を理由に遠慮していた。
こういう時に「肩書きなし」は困るので、結社に参加しましょうか。
その前に句会もさぼりがちなので、そちらの方にもでないと。

面白いのはパネラーの推した短歌と一般参加者の推した短歌に
違いがあったこと。

句会の経験では、パネラーの方が理解度が深いのだろうか。

皆さん品の良い方で、言葉遣いは上品だが
疑問におもったことははキチッと口に出されるのには感心した。

懇親会では明らかに会費以上の酒肴が供せられ恐れ入るばかり。
今回の読書界の発起人三井修氏とも話す機会があった。
マスターの学生時代からの友人(拙ブログにも登場している)が、
三井氏がかって勤めていた会社にやはり勤めており
一緒に仕事をした仲であることを知り、意外な縁に驚いた。

マスターは酔いが回ってしまい
女性が多い会にもかかわらず、品の無い話ばかりしたと思います。
この場を借りてお詫びします。

清会に改め学ぶ月涼し


歌集 昭和歌集 昭和
(2012/03/24)
木村 草弥

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こんな本を読んだ?「なぜ金持ちは二千円札をつかうのか」

WEBめぐりをしていたら、このような新書を見つけた。
早速読んでみる。
筆者は気鋭のIT経済ジャーナリスト。
筆者の知人の富裕層自営業者が二千円札の積極的使用者であることを知り、
専門のWEB解析から「二千円札使用者は数値把握がすぐれており、
金勘定が得意」という法則を、難しい数式・図表を使用せずに解説している。
そのさまは実に爽快で一気に読ませる。

新書ながら二千円札の発行秘話にも筆を割いて読者を飽きさせない。
仕事に行き詰っている人、起業する人にとって示唆に富む一冊である。

※この本は書店にはありません。実在しない!。

空梅雨や土が吹き飛ぶ植木鉢

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こんな本を読んだ「死と生をめぐる思索―石となった死」香原志勢

著者はマスターの立教大学時代の恩師の一人である。
立教大学は入学直後は高校みたいにクラス分けが行われていた。
その「クラス担任」である。専攻は自然人類学。
立教には先生の御専門の学部学科はなく、
一般教養部の教授として教鞭をとっていた。
先生とはそれほど接してないが思い出は尽きない。
その辺は後に記事にすることになるだろう。

実はこの本。「石となった死」というタイトルで1989年に
出版された本の増補版である。
マスターは元本が出たとき、銀座の本屋で平積されていた本の著者名を見て、
懐かしさのあまり手に取り立ち読みを始めた。

読み始めてすぐ、あの温厚な先生にこのような過酷な体験があるのかと驚き、
そのような過去に学生時代全然気が付かなかったのを大いに恥じた。

最初に書かれているのは、学部卒業後助手として従った、
小倉での朝鮮戦争の米軍戦死者の検死作業である。
将に大江健三郎の初期の某小説以上の事実が淡々と記述されている。
(なお先生は大江氏の該当小説には否定的である。)
そればかりでない、その後先生自身の生い立ちから始まり、
この世代(マスターの両親と同世代)には当たり前かもしれないが、
さまざまな「死という別れ」の連続が、まるで先生の講義の語り口
そのままに淡々と描かれている。

その時は購入しなかったが、最近ふと思い出してAmazonで購入した。
それが増補版である本書である。

増補部分ではなんとご令息の交通事故死が取り上げられていた。
科学ライターとして取材先に向かう途中の横死である。
淡々と専門の人類学的見地からご令息の死を記述されているのが
かえって息子を失った親の悲しみがあぶり出されている。

巷間には、少子高齢化ゆえか「死」を扱った書籍が本屋でよく売られている。
でも生半可な宗教概説書よりこの本を一読することをお勧めする。

専攻が類似していた父が元気な時に、この本を教えればよかった。
倒れてからでは刺激が強すぎる。

戻り夏慌てて洗濯掃除する。
(禁酒中なので今まで酔っていた時間が有効に使えます。)


img020.jpg


死と生をめぐる思索―石となった死死と生をめぐる思索―石となった死
(2006/02)
香原 志勢

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こんな本を読んだ「アメリカ素描」

介護中に読了。
読売新聞に1985年に掲載されたエッセイをまとめた本である。
当時マスターが住んでいた独身寮では、食堂で読売新聞を取っていた。
新聞ずきのマスターは読売新聞に目を通していたはずだが、
全然この連載には気づかなかった。残念である。

文庫にしては分厚いのでながらく敬遠していた。
しかし今回読んでみると、いつもの「司馬遼節」に魅せられてすぐに読み終えた。
細かい内容はほかのブロガーや書評にお任せする。
「街道をいく」の番外編のようなものか。

ゲイ・レズに「興味はない」と言いながら、結構紙数をさいているのがカワイイ。
司馬氏の本が没後15年以上経つのに読まれ続けているのは
読者も意識していないだろうが、随所に見え隠れしている
「カワイイ」感覚にあるのではないだろうか。



去年(こぞ)もまた司馬遼に及ばず菜の花忌

アメリカ素描 (新潮文庫)アメリカ素描 (新潮文庫)
(1989/04)
司馬 遼太郎

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こんな本を読んだ「俳句表現は添削に学ぶ」

俳句の実作を始めると悩むことがある。

中高の国語の時間の実作演習では、教師たちは
「あるがままに、写実的に。」と指導していたのを思い出す。
おそらく正岡子規の影響だろうか。

ところがいざ俳句を詠みだすとこれが結構邪魔になる。
実際の具象・心象風景に「もうひとひねり」すれば
句として良くなるのだが「あるがままに」を優先させるべきではと。

この本はそういう時には「ひとひねり」を優先させよと説く。
肩の荷がすっと下りたような安心感を得た。

俳人の鷹羽氏が選んで添削した句を
弟子の西山氏が添削したポイントを説明するという
ユニークな構成の指南書である。

まず原句が提示され、次に西山氏の解説。
最後に鷹羽氏による添削後の句を鑑賞するというパターンである。

読者も一緒に推理小説を読むような感じで「添削」に参加できる。
西山氏も書いているように、読者の実作にも良い影響がでる。
読んでいるだけで俳句が「上達」するわけである。

もっとも、「上達」したければあまたある句会に参加して
指導者や先輩会員にその場で添削・批評してもらうのが一番なのは
論を待たない。念のため書き添えます。


著者の一人、西山氏は実はマスターの中学校の同期生。
当時はとなりのクラスで面識がありました。
マスターより成績が良かったためか、現在は明治大学教授に収まっています。
たまたまネットで西山氏を検索したらこの本の存在を知りました。
某大学入試の会場で偶然再会して以来、音信は絶えていますが
読後感をメールで彼に送ろうと思います。

熱燗や旧友の句集をめくりつつ

角川学芸ブックス 俳句表現は添削に学ぶ 入門から上級まで角川学芸ブックス 俳句表現は添削に学ぶ 入門から上級まで
(2009/05/14)
西山 春文、鷹羽 狩行 他

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こんな本を読んだ「安岡正篤一日一言」

実はマスター。一年ほど前から、
一日一ページ、本を音読することを始めました。
その時に使用したのがこの本です。

安岡氏とはまた厳めしい人を、我ながら引っ張り出したものです。
ただし、このオジサン、「週刊誌など下らん。」と言いながら
亡くなる(1983年)少し前まで世間を見ていたようで
マスターが就職当時話題になった、小中学生が歌った川柳などにも
目を通しているとはさすがです。

文字通り「親の小言」です。従い、若いうちより40代以降の人が、
生き方の修正を図るとき読んでみればよいと思います。
若い時に読むとただ反発するだけではと思います。
(そんなことを思うのはマスターだけ?)

日めくりカレンダーのように、
元旦から大晦日まで「一言」が書いてあります。
購入したその日の分から読み始めました。
ようやく一年が経ち、以前読んだ記憶がある部分に差し掛かり読了。

出かけて不在の日の分は、「一日二言」にして追いつきました。
つまり、文章はそれほど長くない。

今は積読の「三太郎の日記」を音読し始めていますが、
これは難物です。

音読の吐息も白く冬の朝


安岡正篤一日一言―心を養い、生を養う安岡正篤一日一言―心を養い、生を養う
(2006/05)
安岡 正篤

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立教大学と太平洋戦争4

(前記事続く)
「立教学院と戦争-揺れた建学の精神ー」
を読んだだけでも、マスターの抱いた疑問には随分と解答が出ている。
ところが、ネット検索をさらに進めると、下記の本に出くわした。
さっそくAmazonにて購入。

ミッション・スクールと戦争―立教学院のディレンマミッション・スクールと戦争―立教学院のディレンマ
(2008/04)
老川 慶喜前田 一男

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この本は先の展示の内容をさらに深めた学術論文集です。
この手の負の歴史(ネットスラングでいう黒歴史)は
いかなる組織でも取り組みたくないものだが、
立教大学は見事にやってのけました。

編者として名前が挙がっている老川慶喜先生は
マスターが学生時代、マスターのいるゼミのチュータとして
面識がありました。当時は助手にもなっていなかったかもしれない。
コンパでマスターと一緒に飲んでいる写真も手元にありますが、
本編とは関係ないので公開は差し控えます。

その後、めでたく教授に任ぜられたようです。
現在も精力的に活動されているのはめでたい限り。

さてこの本、論文集でもあり、
サラリーマンのマスターとしてはじっくり読める時間はありません。
当然、目次やあとがきを参照に拾い読みとなります。

今後は前述のWEBと同書(以後「WEB」「同書」と略します)
をもとに、マスター個人の推測・感想・問題点を述べたいと思います。

まず、マスターが驚いたこと。WEBにも記述されています。

1942(昭和17)年9月、立教学院は、文部省の意向や学院内の
反キリスト教運動に屈し、
発足以来の目的である「基督教主義ニヨル教育ヲ行フ」を
「皇国ノ道ニヨル教育ヲ行フ」に変更し、
立教大学の目的に謳われていた「基督教主義ニ基ク人格ノ陶冶」を
削除しなければならなくなった。
同じ頃、立教学院のキリスト教主義の象徴であった
チャペルも閉鎖されてしまう。


これは今回のWEBと同書にて初めて知りました。
チャペル閉鎖はともかく、キリスト教主義を捨て去ったとは
驚きというよりショックです。

まさにWEBの通り
「外部の方はもちろん、学院に属する教職員や学生等にとってもショッキング」であり、
「「立教学院は130年間、一貫してキリスト教による教育を行なってきた」などと
ひとことで述べることは難しくなる」ことだったのです。

ちなみに同書によれば「キリスト教主義を捨てさったのは、立教大学のみ」と記されています。
なぜ立教だけが「時勢に阿り」、「棄教」したのか。
これをマスターなりに考察したいと思います。
(続く)

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