進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

諏訪根自子再び

マスターは諏訪さんのファンでもないのだが、
彼女のことを書くとアクセスが確認される。
最近古新聞を読んでいたら彼女を描いた絵が紹介されていた。
作者は久保守という画家である。
1947年ころの製作と伝えられている。
彼女が日本に帰国した直後、演奏を日本各地で行っていた頃の絵である。
厳しい顔つきの諏訪さんだが、仕事中なのだからそうなるのだろう。
マスターも仕事中は「真剣な顔をしている。」と一再ならず言われる。
新聞紙の小さな写真の転写だがご覧ください。
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酷暑以外出る言葉なし日曜日


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マダムタッソ-その光と影

前記事の続きです。
子供時代、仙台のデパートかスーパーでのマダムタッソーの巡回展は
柵の向こう側の蝋人形を眺める形式だったと記憶する。

このお台場の常設館では、柵などなく蝋人形に触れて、写真撮影も可という
ユーザーフレンドリーな形式をとっている。

執務机の脇に立っているオバマ大統領やマイケル・ジャクソンの脇には
「記念撮影」をする人たちが必ずいた。

今思うと携帯電話カメラで二三体写せばよかったと思う。

休日夜だがそれなりににぎわっている一角に、すいているスペースがあった。
近づくと生首が数頭飾られている。グロい。

そのわきにマダムタッソーの伝記が簡単に書いてあり驚いた。
マスターは彼女は20世紀前半の人かとなんとなく思っていたがそうではなかったのである。

さらにギロチンを模した入り口の小部屋を入ると
中ではマダムタッソーの生涯とタッソー蝋人形のいわれを扱った
10分ほどのミニドキュメンタリーが上映されていた。
そのドキュメンタリーでも触れていたが彼女の生涯は
いままでハリウッド映画になっていないのが不思議なくらいである。

歴史好きならぜひ、この小部屋を不気味がらずに覗いてほしい。
タッソーの伝記はネットですぐ調べられます。
何も知らない人には驚きでしょう。

タッソーの蝋人形に感じるグロさは
こういう背景があったからこそと納得しました。

タッソーの伝記にふるえる夏の夜

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「吉村昭と史実探訪」パネル展のお知らせ

荒川区出身の作家・吉村昭氏は、多岐にわたるテーマで多くの作品を残しました。
氏は、作品の執筆にあたり、日本各地を旅し、綿密な現地調査を行いました。
旅先での人々との温かな交流は、数多くのエッセイに描かれています。
吉村文学には、舞台地と、そこでの出会いが不可欠でした。

そこで、この度、初の試みとして、氏とゆかりの深い土地に焦点を当てました。

書斎のある東京都三鷹市は、旅の出発点であると同時に名作が誕生した場でした。
伝説の脱獄囚を扱う「破獄」の舞台地、北海道は、氏が最も多く取材に訪れた土地です。
また、幕末を描いた歴史小説「天狗争乱」や「桜田門外ノ変」は、茨城県水戸市を舞台とし、
郷土史家や関係者への取材が行われました。
愛媛県宇和島市では、「長英逃亡」の取材とともに、郷土料理やその人情を好みました。
長崎県長崎市の風土は、「戦艦武蔵」など、氏の代表作ともされる名作を生み出しました。
調査にとどまらず、長崎の文化、人々を愛した氏は、その魅力を「七十五度目の長崎行き」に記しています。
そして、町医・笠原良策を主人公とする「雪の花」ゆかりの福井県は、
夫人・津村節子氏の故郷でもあります。

本展示では、荒川区、三鷹市、北海道、水戸市、福井県、宇和島市、長崎市にゆかりの作品を、
直筆原稿や取材写真とともにパネルでご紹介します。
名作誕生へと結実した、氏と取材地の関係について、思いをめぐらせていただければ幸いです。



日時

12月5日(水)~12月16日(日)午前9時~午後5時



料金

無料



お問い合わせ

荒川区教育委員会事務局 社会教育課文学館調査担当
【Tel】03-3802-4976



詳細情報


【主催】荒川区教育委員会

【共催】ACC(公財)荒川区芸術文化振興財団

http://1-1-1.acc-arakawa.jp/event/121217_158.html

サンパール荒川のアクセス

吉村


ご覧のように、吉村氏のパネル展が行われます
最終日16日まで、セカンド記事に掲載します。
マスターは8日の昼前にでも出かけましょうか。

短日や赤ちょうちんがよく目立ち

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「吉村昭と史実探訪」パネル展を見に行く

セカンド予告記事で紹介した吉村昭パネル展。
さっそく週末を利用して見に行きました。

京成町屋駅前から都電に乗り(ここで事件がありましたが後程記事にします。)
荒川区役所前にて下車。

会場へは意外にも迷う。会場の二階に向かう。

それほど大きくはないが、きれいに丁寧なパネル展示がなされていた。
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吉村氏出生の日暮里やひいきにしていた札幌ススキノのバー「やまざき」の写真。
随筆にも書いてあった、自宅近くの寿司店(すでに廃業)でくつろぐ氏の写真など
吉村文学好きの者にはうれしい写真の連続である。

しおり・パンフなども持ち帰り自由でとくに
「AKIRA YOSHIMURA
ふるさとを描いた作家」というパンフは
文字通りの小冊子なれど、吉村文学ファンには読み応えがある。
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会場にいた担当者の説明によると、本格的な吉村昭文学館を
区役所からほど近い場所に建設する(土地は確保済)そうだ。
一日も早い建設が望まれる。

もっとも吉村氏は生前「文学館の類は、生前かなり有名な作家でも
やがて忘れ去られてひっそりと閉鎖される例がある。
自分はそういうことは嫌なので作ってほしくない。」と語っていた
そうなので、氏の遺志には反するのだが、
ファンたちの熱意で「閉鎖」されないようにしたいものだ。

見学者の中には吉村氏が荒川区出身であることを
知らない人がいて、係員やマスターが荒川区が登場・
舞台となる作品を紹介する一幕もあった。

小春日や誠の作家の回顧展

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稲垣仲静・念次郎兄弟展を見に行く

この季節にはやや暑い休日。
あの「暑い」練馬区に稲垣兄弟の展覧会を見に行った。
会場の練馬美術館は西武池袋線中村橋駅からすぐそば。
駅前商店街とは筋違いの住宅街の入口にある。

展示内容は有名な仲静の「猫」のほか、作品の素描が面白かった。
他にも動物を描いた作品が多かったので、
絵画好きばかりでなく、動物好きにも十分楽しめるだろう。

念次郎のデザインも楽しめた。

お土産の絵葉書類は猫がらみになってしまった。
他の動物たちもあればよかったのに残念。
最近は目録は買わなくなったもので。
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紅葉が舞い散る様を猫見つめ

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浅草演芸ホールに遊ぶ

東京を台風崩れの熱帯低気圧がかすめた日。
マスターはかねてからの約束をはたすべく、浅草へ向かった。
乗り継いだ都バスを浅草六区で降り、
横丁から浅草演芸ホールへ向かう。(イメージは閉場直後です)

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飲食物持ち込み自由ということで、六区通りに店を構えるローソンで
酒とおにぎりとシシャモを仕入れて入場。
木戸銭は2500円。もちろん二千円札二枚で支払う。

中は意外と狭い。
’70年代まで日本全国にあった「街角の映画館」程度。
平日夜で、荒天直後にも関わらず、お客さんは数十名は入っていて
それなりの入り。芸人さんたちも喜んでいたようだ。

もちろん菊龍師匠が目当てだが、
他の噺家、手品、漫才、ギター講談などの出し物も面白い。
生で見るのはお客さんとのやり取りもあり、テレビ桟敷とは全く違う。
3Dテレビになったら、寄席中継は受けるかもしれない。
せっかく東京暮らしなのに、何十年も寄席に足を運んでいなかったとは残念です。
このブログを見ている人で、寄席を見ていない人はぜひ近くの寄席に足を運んでほしい。
芸人さんはもとより、お客さんも皆、どこか懐かしい顔をしています。

師匠の出し物は「時間と前後のネタの関係で『ちしゃ医者』」(ツイッターより)だった。
話の表情、身振り手振り、伝統芸能の良さを味わった。

余韻を楽しむべく、神谷バー
21時30分のオーダーストップに滑り込み。
ビールとお勧めのかつお刺身でササッと一杯。

台風が去った夜に一笑い

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荒木 飛呂彦氏のイラスト入り風呂敷が届く

過去記事で紹介しました荒木氏のイラスト入りの風呂敷が届きました。
勿論寄付を行った御礼です。
比較のために32型テレビの上部に張ってみました。
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ご覧のようにかなり大きな「風呂敷」です。
室内のタペストリーとして十分に使用に耐える「風呂敷」です。
なお、寄付募金は匿名でも受け付けております。
この場合はOB会報などには名前は載りません。
この機会に荒木氏のファンは入手されてはいかがでしょうか。

彩雲が次々現る梅雨明ける

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日本新聞博物館に「朝鮮戦争写真展」を見に行く

韓国では「6・25(発音は韓国語の数字読みでユギオ)」と呼ばれる
朝鮮戦争開戦からはや60年。
それにあわせて日本新聞博物館では、米国の撮影による朝鮮戦争の写真展を行っている。
4月から行っており、「いつでも行ける」とたかをくくっていて
終了間際に駆け込むというおなじみパターン。
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博物館は日本大通りに面したリニューアルしたビルに入っています。
このビル自体も見ものです。一階の日本大通りに面したカフェはオシャレです。
二階の博物館入り口にあるカフェも捨てがたい。
地下には「さくら水産」も入っていますが、横浜まできてなにも・・。

この日本大通り。現地の説明盤によると、外国人街と日本人街の境界だったそうです。
世が世で、幕末・明治初期の舵取りが下手だったら、
ここは上海のような租界になったわけで感慨を覚えます。

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2階にエスカレーターで登り、入場券を買い改札に券を通し入場。
企画展は同じ2階で行っていました。

展示写真はほとんどが白黒。
戦争勃発から休戦までを順繰りに見せます。
かなりの写真はマスター初見でした。
多くの写真には、新聞・雑誌掲載用に
トリミング部分の指示を手書きのペンで加筆されているのが生々しい。
撮影不可でカタログも販売されて無い(これは残念!)ので
写真を紹介できませんが、
過酷な戦場でのショットでも、明らかに構図を考えながら
カメラのシャッターを切っており、プロの矜持がうかがえます。

保管されていた当時の新聞も張り出されていてこれも面白い。
開戦当初はほとんどの新聞が「北側の先制攻撃」を明記していたこと。
「日本人義勇兵」の動きがあったことなど、
その後の「歴史作り」のなかで消えていった事実が覗かれ、興味がつきません。
もっとも、日本も占領下の時代。うっかりした事は書けないのは
同博物館の常設展示をみればわかります。

観客の年齢層は、ざっと見たところと落書き帳を読むと、
当時10代だった人が多い。
文字通り「多感」な時代に起きた隣国の悲劇に心を痛めた人たちなのだろう。


この記事を書いている当日で終了ですが、ぜひともご覧になっていただきたい。

梅雨曇り歩みもいつか重々し



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佐伯祐三アトリエ記念館開館

「夭折の画家」として知られる佐伯祐三。
そのアトリエは旧居と共に下落合に残っていました。
このたび内部を補修して一般公開の運び(本日28日から)となりました。
内部は佐伯が画業にいそしんでいたころを再現。
同時に再建された母屋部分は佐伯のミニ博物館となっているそうです。
佐伯ファンならずとも、興味のある試みでしょう。
公式サイト新宿区立佐伯祐三アトリエ記念館
佐伯q
写真は修復された内部です。
なお関連展示として四谷の新宿歴史博物館では

特別展  佐伯  祐三  展 -下 落 合 の 風 景
と名打って、アトリエの付近の佐伯や同時代の画家が描いた風景画を
展示します。これもパリ時代の作品とは違う地元密着の
回顧展で一見の値があると思います。

マスターも近日中に出かけようと思います。

うっとうしき空を吹き飛ばす良報や



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和製ビヨンセ 渡辺直美 くまだまさし 山本高広

積んどく状態になっている同窓会会報から一冊を抜き取って
読み始めた。

昨年末ごろの発行で、大学の学園祭の様子が書いてあった。
タイトルの人たちが来て盛り上がったという。
ビヨンセ?韓流スター? 他の人は学生の仮名?
でも文脈からみるとお笑い芸人みたい。

早速ネットで検索。
マスターが仕事漬けオヤジで、若い一般人でないことを思い知る。

「行く道」と悟れど悔し日の盛り


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