進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

御岳(画像復旧・追記あり)

2年ぶりに勤め先の山仲間と奥多摩の御岳に出かけました。
つるつる温泉からの小縦走です。
今年は当然雪が多く、除雪されている神社周辺以外は
アイゼン・ピッケル持参がよろしい。
御岳の宿坊で泊りがけで新年会をするのが目的です。
清算の時、幹事役に2000円札を渡すと、やはり
「あまり好きではない。」という返事。
他の参加者に両替をしてもらったのですが、
その時点ですでにピン札は八つ折り状態。トホホ。
写真は御岳神社に収められている、武将の銅像ですが
この人についてはよく知りません。

畠山

(2009年10月11日追記)
これでは無責任なので調べなおしました。畠山重忠という
鎌倉時代初期の武将だそうです。

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実録「スーパーサイズ・ミー」(3)(追加動画あり)

前掲記事は失礼しました。
さて、この映画、監督自身がマックを食べながら、全米各地
(coast to coast という熟語がありましたね。)のフツー(じゃない
人もいるが)の人にインタビューを試みています。
常春のカリフォルニアから、積雪の中西部、東部まで出かける
ため、期せずしてロードムービーの趣もあります。
米国に出かけたことのない私にとっては、改めて米国の
広大さを教わりました。
ところどころユーモアも交えながらのナレーション・インタビューに、場内では笑いが起こります。

私は、「NHKドキュメント」のような、もっとシビアな作り方を
予想していたのですが、思いのほかリラックスして
鑑賞出来ました。

感想としては、単にマックばかりが悪者ではなく、米国人の
食文化を考え直してもらいたいといった事を、
監督は訴えたかったのではないでしょうか。
米国人の大食いは古くから有名ですし。

ハンバーガーばかりではなく、ソフトドリンクの飲みすぎも問題だと思いました。
「水だけで食事をするのは、アメリカ人とカエルだけ。」
と言われたころに立ち返るべきでは。

映画中、店内で成分分析表を探しまくるシーンがありました。
表示・配布が米国では義務づけられているのでしょうか。
でも、わが国と同様「建前・本音」の壁にぶち当たります。

渋谷のマックの敷き紙の変化は明らかにこの映画の影響でしょう。

フランス人がインタビューに「フランスではもっとサイズが小さい。」と答えていました。
日本も多分そうでしょう。逆に日本人は無理にマックを止めることはないでしょう。
マスターも今後機会があればマックを食べるでしょう。映画としては面白いほうなので、
見に出かけるなり、あるいはDVD化されたら、借りても損はしません。

それでは失礼。

(2009年10月8日追記)
現在本作はDVD化されています。予告編と一緒に追加します。

スーパーサイズ・ミー 通常版 [DVD]スーパーサイズ・ミー 通常版 [DVD]
(2006/06/23)
モーガン・スパーロックドキュメンタリー映画

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食事前の方は読まないで下さい。「スーパーサイズ・ミー」(2)(画像復旧)

さて、お約束通り予告編が始まりました。
しばらくしたらおなかが痛い!
先程のマック手掴みが悪かったのか、
やはり、脂肪分が腹にこたえたか。
久々の映画館鑑賞で神経過敏になったのか。
トイレに行くかどうか迷う。

入替制の映画館で、下痢性腹痛に見舞われ
冷や汗をかき始めたのは、
早二昔以上前、同じ渋谷のシネマプラセットで見た
「陽炎座」以来じゃ!


何篇もの予告編を見せられたあと、ようやく本編。
スト-リーは要するに「マック三昧人体実験」をする話。
監督(被験者)が医者に直腸の検査をされるシーンで
(なんと肛門から指を挿入する。!)
我慢できなくなり中座。
客席前を屈んで走りぬけトイレへ・・・・。

席に戻った時は、チャイナタウンでマック一食目を取り始めた
シーンである。

ドライブスルーで買った「スーパーサイズ」を食べきれず
ゲロする
シーンは、
つい先程の私と似たシチュエーションなので、
よく理解できた。

写真は文中にでた「陽炎座」の公開時のポスターです。
追記
なお、マスター所有のチラシが見つかったので、
イメージをそちらに差し替えました。

今日は品のないネタで失礼。明日でこのシリーズは終えます。

陽炎座

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実録「スーパーサイズ・ミー」(1)(画像復旧・コメント)

久しぶりに、日曜夜の渋谷へ出かけました。
勿論、タイトルの映画を見るためです。
またこの映画の上映館は、日曜の最終上映回は一人1000円と
お得なのも理由です。
渋谷へ降り立つと、まだ若い男女が道一杯に歩いている
時間でした。この風景だけ見ると「少子高齢化」なんてどこの国
のことかと思われます。
上映館をやっとの事で探し出し、キップを買った後、とりあえず
マックへ向かいました。
この映画を見た後は、マックは食べられなくなると、批評に
よく書いてあったからです。
「ひょっとしたら、今生最後のマックかも。」と思って
一番高価な「ダブルマックグランチョイス」(750円)を注文。
飲み物は、牛乳にしました。写真のサンドです。
学校給食で刷り込まれたのか、パン食の時は牛乳にしています。

バーガー



このダブルマックという代物。困った事に上手くかじれない。
たちまち手元はケチャップとチーズでベトベト状態。
「雑菌が胃腸に侵入しなければ良いが。」と思いつつ、
結局平らげます。

トレイの紙シートを裏返すと、なんとマックの各製品の
栄養分析表が書いてあります。驚き!
しばらくマックに出かけていなかったが、何時頃からこんなのを
印刷するようになったのでしょうか。

映画館に戻るとすでに行列が出来ています。
開場後、幸い座れましたが、場内は満員。
客層は渋谷の町を歩いている人の平均年齢よりやや高い
程度です。


後は、明日、帰宅後続きを書きます。一旦分割したほうが良い。


(2009年10月5日追記)
映画のサイトへのリンクは切れていましたので、外しました。

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NHKの集金事情(3)(画像復旧・追記あり)

本日は、予想の雪にはなりませんでしたが、一日冷たい雨が
降り続け、外出もままなりませんでした。外には一切出ず、
あるものだけで一日を終えようとしています。

さて、タイトルも最終回です。こういうときに更新しないと、
他にも、ほったらかしの記事が結構ありますね。
今後は原則毎日更新も調子に乗ってきましたので、
それらも、クロージングさせたいと思います。

Ⅵ 縁あって社宅に引っ越しました。写真はその階段です。
社宅


 築30年は経っている公団型のアパートです。
 ここには遂に集金人が来ました
 「この社宅の人は皆支払っています。」と言うのが殺し文句。
 遂に、25年の不払いにピリオドが打たれます。
 銀行振込にしようとする声を退けて、集金人にいまでも支払っています。
 集金員さんというと、定年過ぎの年配者というイメージが
 ありますが、私よりも若い人も多い。世間の人が皆振り込み
 にしたら「あの人たちの暮らしは・・」とつい思ってしまいます。
 四半世紀も支払わないで、「ワークシェアリング」を唱える
 とは我ながらいい気なものだと思いますが。
 すこしでも罪滅ぼしのつもりがあります。
 最近のように、不祥事が起きれば、即「支払い拒否」も出来ますし。
Ⅶ 
 現住地の隣家は集金人が来ると、奥さんが
「私は留守番で判りません。」と言って受信料を支払いません。
 拙宅ではそこまでは出来ません。

それでは、明日は午後には雨は止むと言う予報を信じて。

(2009年10月4日追記)
その後現居にまたもや引越ししています。
当初は集金人に支払っていましたが、ついに集金人は廃止。
「カネは黙ってでも来る。それでもカネがこなければ裁判に持ち込む。」
というのがNHKの見解のようです。

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明日は荒天

あすは、山仲間と登山の予定でしたが、荒天との予報で中止しました。
明後日は回復するようなので、
どこか近場に一人で出かけようかな。

センター試験受験の皆さんご苦労様です。
私が受験生の頃は、インターネットなんてなくて
本当に良かったです。



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歯科医院で

短期間ですが、歯の治療をしました。
大きなお札を使用。
お釣が千円札で四枚。なんと、これが皆旧札。
ようやく新札に慣れたとおもったのに残念です。
交換スピードが明らかに遅いです。




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居酒屋で

昨日、拙宅近くの居酒屋(既出)へ年明け後初めて行きました。
清算時、隣に座っていたお客さんが、私の出した2000円札を
みるなり「あれ、まだあったの。見せて」といってママさんから
見せてもらっていました。
お客さんは、札全体を手でさわりまくり、視覚障害者用の
突起を探し出し「あ。この札にもついている。」と喜んでいました。
といっても、彼は視覚障害者ではありません。
私が「何なら、両替しましょうか。」と言ったら、
「そこまでは及びません。」とこたえました。

いろいろな人がいるものだと思います。



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NHKの集金事情(2)(画像復旧)

前コメントから続きます。
Ⅳ 独身寮暮らしも飽きた頃、たまたま知り合いから、
「東京郊外の空家の離れに住んでくれないか。」
という話が来ました。
本宅には年に数回関係者が集まるそうですが、今は無住との
事。勤務先へも電車で50分と手ごろなので、引き受けました。

で、ここも集金人が来ない。

関係者に尋ねたところ「ここには誰も住んでいないと
思っているのでしょう。何しろ知らない人はおばけ屋敷程度
にしか思っていないようです。」と笑いながらこたえてくれました。
実際には、私のを含めて、3台ものテレビがあり、しかも
本宅側には堂々とアンテナまで立ててあります。

写真はその「本宅」のほうです。こんな京都のお寺みたいな
場所では、アンテナは外から見えません。
人間禅

Ⅴしかしながら、やはりここに住んでいると、雑用や来訪者の
 応対などが多く、やはり引っ越す事になりました。
 
 今度は同じ郊外でも勤務先を中心として逆側に行きました。
多摩川を渡り、かって「金妻」で一世を風靡したあの鉄道沿線
です。

ここには集金人は来ました。でも姿はみた事は無い。
当然、支払いはしません。
時々帰宅すると「NHKです。本日集金に伺いましたが不在
でしたのでまた伺います。」という紙がドアに挟まれていました。
週末など今回の3連休のように在宅していることも多いのに、
何故かそういう時には来ない。親切な集金人でした。
(以下次回)

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NHKの集金事情

過去ログでも書きましたが、私は上京以来25年間受信料を支払いませんでした。
別に「支払い拒否」をしていたわけではありません。
個人情報が幾分ばれますが、上京以来の居住地での顛末を
時系列で書くのも何かの参考になると思います。
Ⅰ最初に住んだのは出身県の学生寮です。
 70年代も末なので、各自部屋にテレビは持っていましたが
 特に集金人は来なかったようです。食堂にテレビがあり、
 これは寮側が受信料を支払っていたようです。
Ⅱ次に23区でもまだキャベツ畑が残るアパートに住みます。
 先住者に受信料のことを尋ねると「集金人は来ない。
 以前住んでいた人が銀行振込にした所、それ以来
 来なくなった。」とのことです。
 アパートといっても学生向けのトイレ・台所共同・風呂なし
 の物件で、部屋には外から直接入れません。
 多分、集金人には、アパートに見えなかったのでしょう。
Ⅲ就職後、下町にある勤務先の独身寮に住みます。
 ここも食堂にテレビがあり、しばらくはそのテレビの
 分だけ寮側が支払っていたようです。
 ところが、寮の管理人さんが「NHKの集金人が
 『こういう寮でも一部屋一世帯なのだから、各部屋から
 受信料を取る』と言い出した。私は機転を利かせて『社則で
 室内のテレビ所有は禁じられている。だから支払わない。』
 とこたえた。集金人が来た時、古テレビが玄関脇に
 置いてあったりすると面倒だから、テレビを買い換える時には
 私に一言言ってくれ。わからないように処分する。」と
 寮会で述べました。かくして不払いは続きます。
 (以降次回)

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映画の思い出(9)「第七の暁」(画像復旧・追記あり)

新年早々新聞の占い欄に眼を通すと、「今年は日記と出納帳を
つけろ。」というご託宣がありました。

日記は子供の頃から挫折の連続です。
一番続いたのは、高校
から大学3年の頃までです。これも大学時代は断続的になります。
今でもその頃の日記帳は手元にあります。

出納帳は小学校6年の時につけた記憶があります。
近所の文房具屋から既製の「金銭出納帳」を買ってしばらく
つけました。一昨年環境の変化に伴い再びつけ始めましたが
やはりダメ。財テクとは私は無縁とつくずく思います。

日記はこのプログで代行しましょう。出納帳はこれからこの
カキコ終了後早速つけ始めます。(勿論非公開)

さて、数日前レンタルビデオ店から「第七の暁」を借りました。
今朝、見終えたところです。正直申し上げて面白かった。

1950年代のイギリス統治末期の現マレーシア。
大東亜戦争中は一緒に反日ゲリラとして戦ったアメリカ人
と多分華僑(いまは華人といいます)が、独立の過程で
片やマレーの農場主、片やモスクワ帰りのテロリスト(映画
でもテロリストと呼ばれていますが、明らかにマラヤ共産党
を指しています)となり、彼ら二人の友情と別れを描いています。

マラヤ共産党の武装勢力のリーダー役に
丹波哲郎が扮しています。黒髪が印象的です。
農場主はウィリアム・ホールデン。
女優陣もなかなかいけます。

後のベトナム戦争に隠れてしまいましたが、マレー半島でも
社会主義者が武力闘争をしていた事は覚えておいて良い
でしょう。マラヤ共産党が山から降り、降伏したのは
なんと1980年代です。さらにその中には元日本兵が二人も
いたのです。その後この二人は日本に無事帰還します。
ご存知のように、現マレーシアでは共産党は非合法であり、
また入国書類には英文で「麻薬、弾丸の所持が発覚すれば
処刑する」旨が書かれています。
(実際年に百人を越す人が、これにひっかかて処刑されている
そうです。)
なお、「日本共産党」はこの現マレーシアに「外遊」しています。
私は共産党のシンパではありませんが、何か変な感じが
しませんか。

植民地時代のマレーの風物がまだ残っている時代に撮影された
この映画をみると、現在の工業国家マレーシアに足を運んだ
人は、おそらくその風物・風俗の違いに驚くでしょう。

作中、テロリストと疑われた村が焼き討ちを受けるシーンが
あります。予想通り隠していた武器弾薬が発火・爆発する
シーンがありますが、後のベトナム戦争物に比べると
緊迫感がない。この映画の作られた当時はベトナム戦争も
本格的でなかったせいもあるでしょう。
第七の暁


このポスター画像はおそらく日本公開時のものでしょうか。
それにしては「大霊界宣伝マン」の扱いは小さい。

題名の意味が良く判りませんでした。でも映画を見ているうちに
意味が判ります。意訳すれば「七日目の夜明け」
とでもつけましょうか。
そのとき何が起こるのかは、ビデオを見てください。

それでは。

追記
1月13日(木)20:00~21:30まで、NHK第一ラジオで
丹波哲郎氏が山本晋也と女子アナ相手にインタビューに
こたえていました。この映画にも僅かに触れていました。
「ルイス・ギルバート監督とはじめて会ったのは、クアラルンプール
だった。」「その後も007で一緒に仕事をした。」

山本センセイはこの映画のタイトルを「第三の暁」と
間違えて言って、丹波氏に訂正されました。
女子アナが「ウィリアム・ホールデンと仕事をしたとあっさり
おっしゃるなんて凄いですね。」とお世辞を言っていました。


(2009年10月2日追記)
ポスターはオリジナルに「霊界宣伝マン」をくっつけたのでしょう。
なお、DVDは未発売です。観るのが面倒な映画に逆戻り。

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