進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

1月の努力目標

新年明けましておめでとうございます。
今年もマスターは2000円札の広報マンとして活躍します。
皆様、どんどんこのブログの存在を知らない人達にもお声をかけて
2000円札活性化のお手伝いをお願いします。
おかげさまで当ブログも延べアクセスが一万五千件を超えました。

これも、ひとえに旧逓信省のお役所仕事から脱却し、ユーザーの希望を
先取りしたメンテナンスのおかげです。これからもお役所仕事を脱却した
新思考を絶えず続けてください。家賃無料の店子としては
お国の配慮にはただありがたい限りです。
※なお「大家さん」への直訴方法はここをクリックしてください。

今月は

? 「2000円札」「二千円札」「2千円札」「弐千円札」に言及しているブログに
 積極的にTB、コメントを掛けて、少しでも2000円札への
 理解者を増やす。(すでに10月中旬から実施中)

 これは、ポータルサイトのサーチエンジンを利用すると、現在の所、ほぼ二ヶ月半前
 の記事にコメント、TBを掛けている状況です。これがほぼリアルタイムになる
 ことがマスターの希望です。この試みには皆さんからの反応も多く、
 新しい定期閲覧者もできました。今後とも、TBを受けた方は積極的に
 当ブログへお立ち寄りください。それに関連して。

?2000円札に好意的な反応、マスター同様積極使用されている皆さんの
 ブログは、積極的に相互ブックマーク・リンクを張らせていただきます。


 同好の士を少しでも紹介することにより、2000円札への理解がより
 深まるものと考えています。また、「アンチ派」の皆様には、「怖いものみたさ」
 の欲求を満足させることでしょう。
 2000円札フリークの方は「ブックマーク」「リンク」欄も必ずチェックしてください。
 ※ なお、「ドブログ」以外のブログの方は、もしご自身のブログに私のコメントに対する
 レスを書き込んだ場合、マスターのところへ、見てくれるようにご一報願います。
 


?記事の内容に関係なくても、最後は自作の俳句で締めます。 

 先月よりはじめました。おかげさまで句会に投句できる量・質の句が
 できました。投句の結果は、拙ブログで順次発表の予定です。
 石田波郷は旧制中学時代から一日千句を作ったという伝説がありますが
 少しは見習いたい。

?毎日更新
 これは12月はほぼ守れました。今月も努力します。
 
以上、もし破った場合は皆様からのリクエストに答えた罰を
甘受致します。

なお、このブログの趣旨に合わないと判断した、コメント・トラックバックは
削除いたします。エロ系、広告・宣伝系の事です。ご了承願います。
 それでは。

 誓いたて邁進せんと大旦

追記。大晦日の午前五時過ぎから、早速記事ハネ、「サーバ混雑」が始まりました。
「自分たちが休みだから、店子もアクセスしないので、サーバのレンタル料を
ケチりましょう。」という大家さんのお役所発想の結果ではないことを祈念しつつ、
新年を迎えます。


なお、過去記事で紹介した映画「最後の一兵まで」が
京橋」にて公開されます。お暇と御用のない向きは
ご覧になってください。マスターは1月27日夜の回を見る予定です。
定員制なので、無事鑑賞できたら報告いたします。

無事鑑賞できました。観客は5割ほどの入りか。
1月25日付けの拙ブログで記事にしました。
次回上映は3月7日15時からです。



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天気は西から東へと変わる 6 南八ヶ岳縦走の思い出(画像復旧・追記あり)

権現山頂に登り立つ。ここまできて、ようやく赤岳へ向かう老夫婦、
権現往復のために早朝東京をクルマで出発した若者に出会う。
 せっかくなので稜線上で撮影。

FI2273499_0E.jpg

なお、こういう場所での撮影は注意してください。
撮影者・被撮影者ともに足元がすくんだり、ポイント修正のため後ずさりしたら
そこに地面はなく転落死する事故が後を絶ちません。

以前はまず考えられなかったことなのですが。

改めて申し上げます。登山はやはり危険です。
十分な装備・体力・知識・智慧を習得してから挑戦願います。

しかし、カッターシャツを脱ぐと腹が出ているのが一目瞭然トホホ・・。


山頂から降りることしばし、権現小屋が現れる。
飯場のプレハブに色を塗っただけのそっけない小屋である。
FI2273499_1E.jpg

最近の山小屋は個性の無い建物が多くなったようなきがする。
ここは営業中で、老夫婦はこの小屋に泊まったそうである。

順序が逆になったが権現山頂から、北側に八ヶ岳を望む。
FI2273499_2E.jpg


赤岳、阿弥陀はもちろんはるか蓼科山まで望める。
蓼科山からでも4日ほどで縦走できるが、ここまで来ると
充実感に浸れるものだ。いろいろと都合はあるだろうが
普段「百名山」往復登山に明け暮れている皆さんも、
たまには自分にあった手ごろな縦走路に挑戦していただきたい。



縦走も終わりに近づいた。
帰りの駄賃に編笠山を踏む。
FI2273499_3E.jpg

穏やかな山容からは想像できない
相変わらずのガレキの頂上。
この辺になると、ハイキングの皆さんが増えてくる。
エピローグは八ヶ岳独特の風情ある疎林帯である。

FI2273499_4E.jpg


この道を楽しいと思うか、ウンザリと思うかの違いは
天候・体調により大いに左右される。
今回は天候もよく、荷物も軽く、気ままな単独行となり、
早20年前の学生時代の思い出に浸りながらの良い山行となった。

車道に出てから、権現で会った青年のクルマに拾われ小淵沢駅まで
送ってもらった。正午過ぎの普通列車にのり、川崎に帰着したのは
夕方にもなっていなかったと思う。


涼風を浴びつついにしえ振り返り


2010年10月29日追記
現在ダイエット中です。
これは10年ほど前の山行記ですが、
当時より腹囲は少なくなりました。
下ノ廊下での写真と比較願います。

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天気は西から東へと変わる 5(画像復旧)


さて、赤岳山頂で一枚撮影してもらう。朝焼けに染まっている。
今日は快晴。

FI2270202_0E.jpg


いよいよキレットの大降りである。
学生時代に大いに苦しめられた場所である。日陰でよくわからないが
キレット小屋まで、ガレ場の降りだ。(標高差440メートル)
今回は当時と違い「山慣れ」をしているようで意外とあっさり下降した。
やはり、同じ山にでかけると自分の成長を確かめられる。
むやみにピークハンターに走るのは良くない。

FI2270202_1E.jpg


7時前にキレット小屋到着。
かっては南八ヶ岳縦走の中間地点として、また地獄谷本谷を遡行した
岳人が一夜の宿をここに求めた。そのため夏季は平日でも管理人が入っていた。
そのつもりで赤岳頂上小屋では情報を仕入れていなかったが
なんと閉鎖されている。(朝食を作ってもらってよかった。)
FI2270202_2E.jpg

登山形態が若年者のテント・沢登り縦走から、中高年のクルマ利用
「百名山」往復登山に変化したために、このルートを取る登山者は
少なくなったのだろう。

ここのテントサイトも小さいが、平日でも必ず数張りは張ってあった。
しかし、昨夜は誰も張らなかったようだ。
そういえば、キレットに入ってから、誰ともすれ違わない。

FI2270202_3E.jpg

放置されているテーブルと椅子に座り、朝食。
山小屋の朝食がそのまま弁当になっている。良心的である。
ご飯に梅干、塩鮭、肉団子、玉子焼き、切干大根、漬物と
当たり前であるが、この「当たり前」が揃わないのがヤマの食事だ。
感謝しながらいただく。

(なお、後に頂上小屋からいただいた葉書によると、お盆休みの
期間のみ営業しているそうである。この小屋を利用する方は事前に
確認を願う。)

いよいよ権現への登りへ向かう。
途中両側が切れている痩せ尾根を通過。
ここも昔と違って恐怖感は感じない。
慣れとは怖いものである。逆に自重しないと。
そして、権現名物大ハシゴである。
ここもなんなく通過。相変わらず反対側からの登山者なし。
権現小屋を出発していればそろそろすれ違うはずだが。
FI2270202_4E.jpg

いったい、この程度のコースに20歳のマスターは
どうしてビビッテいたのだろうか。

とはいっても、中高年から何の予備知識・訓練を持たずに一人で入山するのには
大変な山域かもしれない。
この縦走路がさびれ、美濃戸の駐車場が満杯なのは果たして
ヤマを楽しむ事からは良いことなのだろうか。
無茶はしてはいけない。でも赤岳往復だけで「わしは八ヶ岳を征服した。」と
山小屋で威張られるのも困る。(そういう人は大勢いる。)
(続く)

つわものの屯せし屋に夏日さす

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こんな映画を観た「ディア・ハンター」(画像復旧・追加)


すべてを失い、すべてを運んだヘリコプターが、空母から虚空に一瞬舞い、
失速して海中に没する・・・・。

マスターが高校入学直後の5月連休の時、ニュースで観た「サイゴン陥落」の一画像である。
それはベルリン陥落を再現したような「北」の戦車群が「南」の大統領官邸に突入したシーンより、
強烈に心に焼き付けられた。その後高校で習ったコトバでいえば「無常感」とでもいうのだろうか。

それから、わずか3年後。「あの戦争」を振り返る映画が合衆国で製作・大評判であり、
日本でも公開されることを詳しい解説と画像で「週刊プレイボーイ」が巻末の
映画紹介欄で報じていた。

マスターはその時
①日本の反戦映画によくある「間違った戦争で、運命を狂わせられた私たち」
 というパターンに陥っているのではという危惧と
②やはり、「戦後3年」では総括は無理では
との思いから、公開時には映画館に足を運ばなかった。

最近、レンタル店でDVD化されているのを見て、借り出した。

結論から言えば、マスター18歳の予想は半分あたり、半分ハズレというところか。

冒頭からあのメランコリックなテーマソングが流れる。
ロシア系移民の町の若者が、そのロシアが後ろ盾になっているベトナムで
望まない戦をする悲しみ、若者仲間では一番幼い風貌だったC・ウォーケンの苛酷な運命・・・。

若者たちが集まるバーで流れる「君の瞳に恋してる」はもちろん後に流行った
ディスコ版ではなくオリジナル版。(もっとも公開時にはディスコ版は未発表
なので日本の観客には知らない人も多かったろう。)。流行り歌で当時の
雰囲気を観客にフラッシュバックさせる手法にマスターは弱い。



結婚式のシーン長すぎ。チミノ監督は後の「天国の門」でも卒業式のシーンを長々と見せている、
「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」では葬式にはじまり葬式で終わる。
こういう人生の節目の儀式に思い入れがあるようだ。
でもマスターの映画評同様、観客には上手に伝わっていない。

せっかくヘリにつかまったのに、二人は振り落とされるのはかわいそうという批評をみた。
それは実際にヘリ風を受けた経験が無いからいえるのである。
あのヘリ風に向かいながらよじ登れるのは、相当な体力が無ければ無理である。
捕虜として心身ともに疲弊している身ならば、一人でも助かるのが不思議なくらいである。

せっかく五体満足で一人帰還した、ロバート・デ・ニーロだが、
もう鹿を狙い撃つ精神力は失われていた。

陥落直前のサイゴンに、幼馴染であり戦友ならば舞い戻るのだろうかと思った。
戦闘・シベリア抑留経験のある老知人に尋ねると「もちろんいきますよ。」・・・
「戦争を知らない子供」の無知をまたひとつさらけ出してしまった。

もはや「享楽の街」が数時間後に崩壊するのに、
相変わらずロシアンルーレットに興ずる華僑(?)達の描写が面白い。
サイゴン陥落のシーンでは実写フィルムが使用されているが、
やはり「実写」の迫力はセット撮影を凌駕している。何でもCGの現在、
今一度映画の撮影は原点に立ち返るべきだ。

ラスト近くマスターが見たニュース画像が挿入されていた。
その時初めて、テーマソングと画像が一致した。
チミノ監督も、あのニュース画像に「何か」を見た一人なのだろうか。

哀愁溢れる主題歌が流れるラストシーンをお楽しみください。




戦いに荒れし心よ水仙花



関連拙記事「ヨーク軍曹」

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【再設定・追記あり】セルフスタンドで灯油を買うときに2000円札使用

風邪もやや治まりました。しかし風邪薬が切れました。
咳が無いので痛みだけに効く薬を買うのと、灯油も切れそうなので外出。
拙宅近くのセルフスタンドに出かける。

近くだが、利用するのは初めて、灯油もセルフ式。
すでにクルマが数台順番待ちをしている。
マスターが灯油缶を抱えて行くと、順番待ちの人たちが
「貴方はクルマでないのでお先にどうぞ。」と快く順番を譲ってくれた。
まだ日本には希望が残っている。


さて、カードを利用しようとしたが「ただいまカード機能が故障中で、現金のみの
扱いになります。」との表示。
今日も、2000円札しか持ち合わせていないマスターを一抹の不安がよぎる
『もし、2000円札非対応だったら、事務所で両替しないといけない。
せっかく順番を譲ってくれた皆さんに申し訳ない。』と念じつつ、
2000円札をインサート!

結果・・・・

見事に受け付けてくれました。ありがとうシェル石油さん。

でも、去年はセルフ式なら700円台で済んだのに、今年は1314円(18)
もかかる。給料は上がらないのに、
いよいよ日本があれほど恐れていた階層社会へ突入か。

人情と不安を感じつ灯油買う


2013年4月27日追記
「灯油」で少し前にアクセスが確認されましたので再設定をしました。
ちなみに本年3月10日にセルフスタンド(この記事のスタンドではない。)
で購入した時は1,764円とさらに値上がりしていました。
10年前のレギュラーガソリン並みの価格です。
インフレターゲット、×××ミクスなど
安っぽいカナ文字のスローガンがマスコミで踊っています。
でもモノは上がる、給料上がらずの最悪の結果になるのでは。

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八重洲口の屋台のおでんやにて2000円札使用(追記・リンク切れ対応)

当ドブロク内では「ちくわぶ」が話題のようですが、
マスターはやはり「牛すじ」が好きです。

閑話休題。
「京橋」の帰り、八重洲口に向かって歩いていたところ、屋台のおでんやを発見。
早速、中に入る。店内は主人以外誰もいない。
「この辺はこれからの時間スキーバス待ちの客がきますよ。」との説明。
いろいろと主人に尋ねると、
やはりマスターが出かける
日本橋のおでん屋台と同じ「チェーン」店であることが判明。
 帰り際2000円札で支払いを済まそうとすると
「あ。あなたが有名な2000円札で支払うお客さんですか。
お噂は『日本橋』の担当者から聞いています。」
といわれた。
とんだ所で有名になっているものだ。

名刺に工夫を凝らしたりするより、「いつも2000円札を使う人」
のほうが、人の覚えは早いのではと思った。

おでん酒今日の想いを振り返り

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こんな映画を観た「最後の一兵まで」 ネタバレあり(画像復旧)

すいません。せっかく映画の感想を書く予定でしたが、
体の節々が痛みパソコンに向かえません。回復次第書きます。皆さんも気をつけて。

薬を服用後、少し体調が戻り始めたので書き込みます。
京橋の「フイルムセンター」は、マスターの勤務先から徒歩で20分もかからない。
しかし、大学卒業後足を踏み入れるのは初めてである。
当然、建物が建て替えられてからでも、初めてだ。

かっては晴雨にかかわらず外で開場を待たされた。いまは、早い時間に到着すれば
ロビーで待たせてもらえる。大進歩である。
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大映写室も、薄汚さが無くなり、何よりも椅子が良くなっている。
地方の封切館程度の設備にグレードアップしている。
これで入場料500円とはありがたい。

製作は1938年ドイツがスペイン内戦に介入、ゲルニカを空爆した年である。
日本では盧溝橋事件が起きる。
日本公開は1940年。すでに欧州では第二次大戦が開始され、ドイツ軍が
フランスを屈服させた年であることを、頭に入れていただきたい。

映画は1918年春の「ミヒャエル作戦」を下敷きにしている。
ロシア革命でロシアが脱落した後、ドイツ軍は東部戦線から将兵を引き抜き
乾坤一擲の大作戦に打って出る。映画中、老将軍が「これでまけたら終わりだ。」
と述べていることに注意。ナチス政権下の製作ながら、ナチスの「背後の一撃論」
を否定している。

カール・リッター監督の映像処理・カメラワークはまったく正統的・自信に満ち溢れた
もので、しかも堅苦しくない。あっという間の1時間半である。
職人監督としての面目躍如である。戦前「名匠」呼ばわりされた所以である。
もっとも、「ナチス芸術」との共通性も指摘できるが。
第17捕虜収容所」でも触れたが、夜間、室内シーンでの
ライティングの絶妙さは賞賛に値する。
前線で武功をあげながらも、将軍の副官に納まるや、ショパンをピアノを弾きながら
反戦的セリフを言い放つ将校。そのピアノ室の暗さと、作戦会議室の
大地図が煌々と照らされているのとの対比など、カラー映像ではなかなか
お目にかかれなくなったテクニック満載である。

個人的には「小道具」が面白い。野戦電話、突撃歩兵部隊(第二次大戦の電撃戦の
戦車部隊の前身)、飛行機による偵察、攻撃、効果確認。
英軍から鹵獲した戦車が、包囲された独軍との連絡に
駈けずり回るシーン。戦車内部の映像(以前より知っていたが、エンジンと
居住区が分離されておらず、室内はかなりの高温・騒音だったことが
理解できる。)は戦争オタクには垂涎物だろう。
戦車・歩兵が持ち運ぶほど無線は小型化されておらず、伝書鳩の
メッセージが孤立した独軍からの唯一の連絡手段である。

包囲された独軍は司令部出発直前、隊長が敵弾に倒れ、急遽以前から前線
を志願していた若手参謀が隊長にすえられている。
一羽目の伝書鳩は戦車を追い越し(このシーンも秀越)「敵陣のみの
砲撃ができないならば、自らを犠牲にして砲撃するように」老将軍に依頼。
老将軍は涙を呑んで、包囲陣への無差別砲撃を指示。

やがて各地から、英軍総崩れの電話が入る。
その時司令部に届いた二羽めの伝書鳩は、血染めの電文で
「参謀戦死。英軍の攻撃で独部隊壊滅」を知らす。

ラスト、老将軍を先頭に参謀たちが司令部の玄関の階段に
ボウリングのピンのように逆三角形に整列。
「この死を無駄にしてはいけない。」と観客に呼びかけて上映終了。

正直いって、当時の日本だったら削除されるようなセリフが続出。
補充兵が「俺たちは将軍の一駒。」と叫び(もちろんベテランに説教されるが)、
屋敷を接収された女主人が将軍たちに毒舌を吐く。

やはりナチス時代は孤立した時代ではない、観客も製作者も第二帝政→
ワイマール共和制→ナチス時代と生きているわけである。
この程度のセリフ・映像は許可しないと、人心が離散することを、ゲッペルス
は見抜いていたのであろう。

リッター監督は「戦争協力」の咎で、戦後は不遇だったそうである。
あからさまな戦争協力映画を作りながら、戦後は一転、反戦映画を量産した
今井某や山本某が「活躍」した日本映画界と、ドイツ映画界の違いを思わせる。
実現されなかったリッター監督の「戦後作品」を観たいと思うのは私だけだろうか。

実朝忌武人の誉れの映画みゆ

参考。
日本公開時のチラシです。
FI2262089_1E.jpg

こういうのを個人単位で所蔵していたひとがいるとは凄いですね。

2011年5月27日追記
「レッド・バロン」の感想を書くため復旧しました。

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バリアフリーは口先だけではいけない 車椅子障害者の踏み切り死亡事故に思う

この記事をご覧になった方は多いでしょう。

電車にはねられ車いす男性が死亡 小田急線踏切
2006年 1月19日 (木) 03:25
 十八日午後九時四十五分ごろ、東京都世田谷区北沢の小田急電鉄小田原線の「下北沢6号踏切」で、車いすの男性が新宿発相模大野行きの急行電車(十両編成)にはねられ、全身を強く打って死亡した。警視庁北沢署は身元確認を急ぐとともに、男性が踏切内に入った経緯などについて調べている。

 同署によると、男性は四十歳くらい。急行電車の運転士が、男性が踏切内に入っているのに気付いて急ブレーキをかけたが、間に合わなかったという。現場踏切は遮断機や警報機が付いていた。

実は、この障害者はマスターの友人(障害者)の友人です。
マスターの友人から、以下のメールが来ました。(一部略・修正)

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2000円札なんて最近、珍しいですね

所用で市川駅に降りた。南口へ向かうとあの低い「マーケット街」が無くなり
なにやら工事をしていた。所用終了後、飲み屋に赴き事情聴取。
「数十階を越えるツインタワービルを建設する。」
「あのマーケット街の説得には30年掛かった。」
「でも『市川』ブランドでは人はあまり住まないであろう。」
という話です。

船橋駅前の高層マンション群も着工当時はそういわれました。
でも、「駅そば」の好条件で、資産のある高齢者を中心に居住者は多いです。
なんとか、皆さん住んでください。(マスターは金がない)

支払いに2000円札使用。
で、タイトルのコメント。

追記「市川駅南口再開発事務所」のサイトです。
なかなか、お役所にしては、説明責任を考慮しているサイトです。

停滞を破りて新しき春来たれ





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「スローライフの老狸」さんのブログを閉鎖させないことにご協力を!(追記あり)

たまたまポータルサイトを見ていたら
「タイトル」のブログが「閉鎖します」と書いてありました。
どうやら、エロトラックバックがつくのに嫌気がさしたようです。
このブログの多くの方が経験したことであり、すでにドブログスタッフによって
エロトラックバックの阻止方法は開発済みで運用中です。

でもハンドルネーム「きいちろうさん」は年配者で、,
パソコンはお詳しい様子ですが、ネット社会への対応は初心者のようです。

そういう人にネット社会への絶望を感じさせてしまったエロ業者たちに
マスターは怒りを感じざるを得ません。

同時に、そのようなネット初心者への説明責任を果たしていない、
当ドブロクスタッフの皆さんは猛省すべきです。

皆さん、「スローライフの老狸」さんのブログに立ち寄って、励ましのコメントを
残してください。退会されてからでは遅すぎます。

「また勝手なことを」とお叱りを受けそうですが、ネットワーク社会は「悪い人」
達ばかりでないことを、「きいちろう」さんに理解させたいのです。

ご協力お願いいたします。

人心を凍らせてならじと夜半走る


追記。先ほど「きいちろうさん」のブログを訪ねたところ、
続行宣言がなされて新記事がアップされていました。
とりあえず、チェックして今後の迷惑トラックバックは防いだようです。

コメントで「きいちろう」さんに迷惑トラックバック削除の方法を
教えて差し上げた「なべちゃん」様や「yatsu」様、
ご協力本当にありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。



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千葉市一月に入って二回目の積雪 センター試験がんばってください(画像復旧・追記)

FI2240785_0E.jpg
タイトル通り、この東京郊外、朝起きたらご覧の通り。未だ雪は降り続けています。
今回の降雪は、太平洋を
低気圧が通過しているためのようで
「お江戸に雪がふる」パターンです。
従い関八州以外はあまり雪が降っていません。
三島由紀夫は「東京に雪が降る日は何かが起こる」と言って、
「赤穂浪士」「桜田門外の変」「2・26」を例示しています。
でも「赤穂浪士」の時は史実では雪は降らなかったそうです。
三島にしてはすこし粗雑な推理です。
今日の雪、「六本木」の皆さんの身に異変が起きる前兆でしょうか。

マスターが大学受験の時は「共通一次試験」と呼ばれていました。
やはり、雪の中受験した記憶があります。

一月の試験は、当時「早すぎる」との意見がありました。
受験生の皆さんのプログを拝見しますと、いまは
推薦入学、AO入試(未だ意味を知りません。)
が主流のようです。以前書いたはずですが
「一発勝負」の入試経験というのも、その後の人生を生きるなかでは
決して悪くない経験と思います。

マスターが子供の頃は、受験のストレスに負けて、「入試体制に抗議」
と遺書を残して自殺した受験生が、この時期必ずいたものです。
大学全入・倒産が現実のものとなった現在、今は昔の話となりました。

白雪に埋もれて逝く生命(いのち)あり


2011年5月29日追記
拙ブログに「自殺」を検索してアクセスした方を確認しました。
どの記事にアクセスしたかはわかりません。
念のため「自殺」の語が入っている記事で、
未修整のものを順次修正していきます。

拙ブログに「自殺」でたどり着いた方へ。
まさかと思いますが、「自殺」だけは思いとどまってください。
必ずだれでもよいから相談してください。道は開けます。

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