進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

6月の努力目標(画像復旧)

♪卯の花の匂う垣根に 不如帰早やもき鳴きて♪
の季節となりました。
なんども書いていますが、こういう歌を今の音楽の教科書は
載せていないそうですので、残念です。
FI2593353_0E.jpg

イメージは「卯の花」です。



※「100万人のキャンドルナイト」が夏至の日に
行われます。詳しくはサイトをクリックしてください。
ぜひ参加願います。

今月もマスターは2000円札の広報マンとして活躍します。
皆様、どんどんこのブログの存在を知らない人達にもお声をかけて
2000円札活性化のお手伝いをお願いします。
おかげさまで当ブログも延べアクセスが四万五千件を超えました。
キリ番プレゼントをしたいのですが、準備ができていません。
マスターもユルーイ性格なのでご勘弁のほどを。


これも、ひとえに旧逓信省のお役所仕事から脱却し、ユーザーの希望を
先取りした旧電電公社様のメンテナンスのおかげです。
今月も集中的に行う様子です。プロ意識には頭が下がります。

今月の目標

1.「2000円札」「二千円札」「2千円札」「弐千円札」に言及しているブログに
 積極的にTB、コメントを掛けて、少しでも2000円札への
 理解者を増やす。(すでに昨年10月中旬から実施中) 
 
 これは、ポータルサイトのサーチエンジンを利用しています。
 最近は、逆に最近更新順にチェックをしています。当然チェック漏れも
 発生しますが、ご容赦ください。
 ほんとうは、時間を喰うのでそろそろやめたいのですが
 追記記事みたいなのを見つけるのでやめられません。よろしくお願いします。


2.2000円札に好意的な反応、マスター同様積極使用されている皆さんの
 ブログは、積極的にブックマーク・リンクを張らせていただきます。
 
 同好の士を少しでも紹介することにより、2000円札への理解がより
 深まるものと考えています。また、「アンチ派」の皆様には、「怖いものみたさ」
 の欲求を満足させることでしょう。
 2000円札フリークの方は「ブックマーク」「リンク」欄も必ずチェックしてください。
※ なお、「ドブログ」以外のブログの方は、もしご自身のブログに
 私のコメントに対するレスを書き込んだ場合、
 マスターのところへ、見てくれるようにご一報願います。
3.記事の内容に関係なくても、最後は自作の俳句で締めます。 
 (例外もあります。ご了承ください) 
 投句の結果は、拙ブログで順次発表しています。
 五月はほとんど書きませんでした。単にサボっただけです。
 申し訳ありません。

4.毎日更新 
 何とか達成しました。

 
なお、このブログの趣旨に合わないと判断したコメント・トラックバックは
無断で削除いたします。迷惑系、広告・宣伝系の事です。ご了承願います。
 それでは。

 卯の花や三味線の音も穏やかに


※追記

2000円キャッシュバック他1000名当選

丸京製菓では、二千円札200名、お菓子詰め合わせ200名、お菓子お試しセット600名をプレゼントするクローズドを開催中。二千円札以外は、ダブルチャンスなので、商品を選べません。

キャンペーンマークがついているお菓子を二つ購入し、マークをハガキに貼って応募。和菓子が多いです。スーパーにあります。必要最低事項と性別、年齢、購入店と購入商品も書いてね。締め切りは、第一回5/1消印有効、第二回は7/1消印有効です。

 〒683-0845

鳥取県米子市旗ケ崎2002-2

丸京製菓株式会社
味の銘作&和菓子の詰めあわせ
「2000円札キャッシュバック」プレゼント係まで


2012年6月3日追記
スリップ分を復旧いたしました。
丸京製菓のキャンペーンは終了しています。

つづきを表示

スポンサーサイト

PageTop

「男はつらいよ」考3(画像差し替え・追記あり)

さて
「性表現・暴力表現があまりなく安心して見られる。」ということです。
テキヤの一般的イメージは、ヤクザにほとんど近いもので、当然
「性」と「暴力」に満ち溢れた世界です。

まあ、それでは「東映ヤクザ映画」になってしまいますし、事実「男はつらいよ」
に対抗してして製作された東映「トラック野郎」シリーズはその傾向が濃厚に
反映されています。(荷抜きの魚でソープでドンチャン騒ぎをしていますね。)

いくら、松竹の「方針」とはいえ、この問題は避けて通れません。
まず、「性」についてですが、これは「ファン」のあいだでは、「マドンナ選定で
松竹の営業政策に妥協した。」と評判の悪い30作台に比較的多く見られます。

まず33作「夜霧にむせぶ寅次郎」。
風子という、猛烈に性の匂いを発散させる女性が登場します。
冒頭床屋のシーン。床屋の親父が「ああいう自分で売り込みにくる女は
大概男がらみでトラブルを起こす。」というセリフからして強烈です。

やがて彼女はサーカスの曲芸オートバイ乗りトニーと同棲を始めます。
同棲のシーンは一切出てきませんが、観客はこの二人のどこかの安アパートでの
濃密な「性」の営みをつい背後に見てしまうように仕向けられます。
そう、古びて室内は暗く乱雑な安アパート。

こういう、「背後」の「行間」ならぬ「画面間」を読ませるテクニック
だけでも山田監督の非凡さが窺えます。

興行で上京しているトニーに、寅次郎が風子と別れるように説得するシーン。
結構凄みがあります。
この「凄み」は単に演技だけではなく、「国民的俳優」以前の渥美氏が
持っていた「凄み」でもあるでしょう。
暴力はでません。でも「存在」そのものが「暴力」になっているシーンです。

第33作 男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎 HDリマスター版 [DVD]第33作 男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎 HDリマスター版 [DVD]
(2008/10/29)
渥美清、中原理恵 他

商品詳細を見る


2011年2月28日
アクセスが確認されたので復旧いたしました。

PageTop

【再設定・追記あり】「男はつらいよ」考2

さて、「ストーリー映画」「映像映画」なんて区別は、「A級・B級映画」なんて
区別同様、意味のないものであるのは、拙ブログ連載中の「蓮實先生の講義」
に目を通していただければお分かりでしょう。
 あえて言わせていただければ、山田監督は撮影所でカメラを触った
いわば「プロ」育ちの監督です。そのプロの芸を半分以上見ていない
区別の方法です。


たとえば、第2作「続・男はつらいよ」では、
とあるやや古くなった家の前から子供が歌う英語の歌が流れてきます。
やがて子供たちが歓声と共に門から飛びだしその後ろで、莞爾とした老人が登場
します。そう、寅次郎の恩師、坪内先生の登場シーンです。
これだけでも、坪内先生のキャラクターを見事に表現しています。

ちなみに、この二作目、一作目のヒットを受けて急遽製作されたそうですが
テレビ版のキャストが続投しているためか、映画としては完成度の高いものと
なっています。
松竹 寅さんシリーズ 続・男はつらいよ [DVD]松竹 寅さんシリーズ 続・男はつらいよ [DVD]
(2014/07/25)
渥美清、倍賞千恵子 他

商品詳細を見る


第5作「望郷編」では、危篤の床に臥している
政吉親分を札幌まで見舞いにいきます。
屋根裏部屋のような木造の病院(撮影当時の1970年にはまだこういう開拓
時代の名残のような建物があったのでしょうか)での、短い言葉のやり取り
を凝縮させた映像は、死に行くものの切なさを上手に表現しています。

政吉親分に反発して国鉄の機関士をしている息子を訪ねるシーン。
転車場で回転するSL、機関車を整備する息子など、
短いカット割りを重ねながら、
息子の職場の雰囲気を一目で理解させています。
この数シーンにはセリフらしいセリフは出ていません。
きっちりとしたカメラワークともども、「ストーリー」を追いかけるだけの見方が
実にもったいないと思わせる画像の作り込み方です。
松竹 寅さんシリーズ 男はつらいよ 望郷篇 [DVD]松竹 寅さんシリーズ 男はつらいよ 望郷篇 [DVD]
(2014/07/25)
渥美清、倍賞千恵子 他

商品詳細を見る


第10作「寅次郎夢枕」では、
たしかバイのために秋の信州に出向きます。
バックにビバルディが流れるシーンの中、薄の野原を歩く寅次郎、
いまだ電化されていない中央本線を緩やかにはしるSL列車。
古びた駅前旅館、ひとり古い農家に取り残されている老婆。
それだけで、多くの人の郷愁を呼び起こすシーンです。
松竹 寅さんシリーズ 男はつらいよ 寅次郎夢枕 [DVD]松竹 寅さんシリーズ 男はつらいよ 寅次郎夢枕 [DVD]
(2014/07/25)
渥美清、倍賞千恵子 他

商品詳細を見る


初期作中心の紹介となりましたが、
後年の泉の結婚を満夫が直前でぶち壊すシーンはもちろん
「卒業」へのオマージュですね。

なにぶん世界最長のシリーズですので、探せばもっと映像に凝った
シーンがあるでしょう。「このシーンもそうだ。」と思われた方、
ご一報願います。

とりあえず?について触れました。(続く)

2015年2月22日追記
「蓮實重彦」でのアクセスの可能性のある記事を再設定しています。

つづきを表示

PageTop

「みずほ銀行」株主総会でのキャッシュカード不正引き出し被害者の会代表の質問と対応(再掲載)

久しぶりに「被害」を書きます。
相変わらず「きれい事」をいってその場を取り繕うとするするのでしょうかね。
この銀行は。
こんな銀行にカネを預けても「20年後は泣き」をみるし、「夢は奪われる」だけです。

「カードを盗まれたアンタがわるい。」「他行は補填しても、それは別の話。」
と女子行員に押し切らせる銀行ですよ。ここは。

なお「何のことかわからん。」というひとは、
ブログ左側の「ジャンル」欄の「被害」をクリックして、過去記事をお読みください。

さて、「被害者の会」代表の質疑内容と
その後の行動は「面白い」ので、全文掲載します。
お付き合いください。

注:もちろん「代表」はマスターではありません。

2006年6月27日みずほ総会発言記録


みずほの一株株主として総会に出席し、質問をする権利を行使してきました。
以下、私の質問とみずほの公式な回答です。

(被害者の会代表の発言)

私は本行の株主であると同時に、大切なお金を預けている預金者の一人でも
あります。ここにお集まりの皆様もほとんどがそうだと思います。
ところが、私は約2年前にキャッシュカードを盗まれて預金を引き出されるという
被害に遭いました。それまで当行に全幅の信頼を寄せておりましたが
その後のあまりに冷たい扱いに愕然とし、今も一銭も補償されておりません。
私は其のことで大変裏切られた想いがしております。同じ想いをしている人が、
私が直接知っているだけで30人おりまして、報道によるとその10倍、100倍の数、
いらっしゃいます。ここにお集まりの皆様にとってもこうした被害は本当に
“明日はわが身”です。預金者に対してこういった真摯な対応をしていない銀行には
今後の営業に悪影響があるかもしれませんので、銀行の基本的な姿勢について
これから3つに分けて質問させていただきたいと思います。

まず1番目、銀行は大切な顧客である預金者をどうお考えになっているのか。
特にキャッシュカードを盗まれて預金を第三者に不正に引き出された人に対して
銀行は補償をしなくても良い、とお考えでしょうか。

(みずほの答え)

常務の野中でございます。ただいまのご質問にお答えしたいと思います。
私どもとしましては昨年の8月に成立しました預金者保護法の趣旨を踏まえ
対応しております。今年の2月にこの法律は施行されたわけでございますが
昨年の11月に当行のキャッシュカード規定を改定しまして被害者の補償について
取り組みも始めております。この趣旨に踏まえまして、
私どもとしてはお客様の個々の事情により、
一概に盗難と言ってもいろいろな経緯がございます。個々に対応しておりますし、
今後も個々にきちっとした対応を進めていきたいと考えております。以上です。

(被害者の会代表の発言)

今、個々に、という回答をいただきましたが、私は今まで、
個々にという回答を耳にたこができるほど聞いております。
その個々にという、言葉の隠れ蓑を使って、みずほはほとんどの被害について
補償を拒否しております。それに比べまして例えば、
三菱東京UFJはほとんどの被害に対して補償をしています。
2年以上前の被害であっても補償をしています。
預金者保護法は施行は今年の2月ですが、
“過去の被害についても最大限の配慮をする事”、という事を
金融機関に求めています。ほとんどの金融機関がこの法律の精神を受け止めて
真摯に対応しています。ところがみずほ銀行は約款を改定した去年の11月から
2年前、平成15年11月で線引きをしてそれ以前は一切補償をしていません。
もしそれ以前の被害も補償していると言うならば一体何件でいくら補償しましたか。
それ以降については何件、いくら補償されましたか。
具体的な数字が今お手元に無いならば後ほど書面でいただいても結構です。

(みずほの答え)

常務の野中でございます。ただいまのご質問にお答えしたいと思います。
株主の方からお話しがありましたように当行におきましては一定の線と致しまして
施行の2年前以内の事故というのがあくまでも目処として持っております。
ご質問にありました、2年前を超える事故についてどれくらい事故として
お支払いしたのか、2年以内で何件お支払いしたのかという数字については
残念ながら私、資料として手元に持っておりませんので、
私どものみずほ銀行のお客様サービス部というセクションがございます。
そこにお問合せいただければ私どもとして真摯に対応していきたいと思いますので
ぜひよろしくお願い致したいと思います。以上でございます。


(被害者の会代表の発言)

今の2番目の質問で一つ確認です。お客様サービス係りに問い合わせたときに
野中常務からこういった回答をいただきましたので、と言って良いですね。
誰であってもそういった数字をいただけますね。それをご確認いただけますか。

(野中常務)

結構でございます。

(被害者の会代表の発言)


ありがとうございます。では、3番目の質問です。先ほどの説明にありましたように
不良債権処理もほとんど終わられて今年度は最高益を更新したことは
株主として大変喜んでおります。ですがみずほも苦しい時代があったわけです。
そこから公的資金で生き返ってきたわけです。つまり、公的企業であるから
公的資金も注入されてきましたし、先ほど前田社長は社会的責任、
公共性を重んじてこれから経営していくとおっしゃっておられます。
今後こうした被害者からの申し出に対し、真摯に対応していくべきではないですか。
法律がやっと今年2月から施行されましたが、それ以前は20年~30年にわたって
被害を垂れ流して銀行は一切責任をとらなかったわけです。
今は法律によって義務付けられたからではなく、みずほとして、公的企業として
真摯な対応をすべきではないかと思います。そうした対応をしなければ、
今後ほかの銀行に立ち遅れて、例えば東京三菱のようにほとんどの被害に対応し、
きちんと補償しているような銀行に預金者がドンドン流れていくような、
大切な顧客を流出するような事態にならないかと懸念しておりますが
その点はいかがでしょうか。

(この質問には期せずして会場から暖かい拍手が起こりました。
出席株主の多くの方は預金者でもあり、この被害は他人事では無いと
応援の拍手を送って下さったように感じ、胸が熱くなりました。
この拍手に押されたように、次の回答は前田社長自身からでした。)

(前田社長の回答)

貴重なご意見としてうけたまわりました。そのような事の無いように
全力を挙げてやってまいります。
では、次にご質問をされる方は挙手をお願いします。


以上が総会での質問とその回答でした。最初の二つの質問については、
議長の前田社長が野中常務に振りましたが最後の質問については一言ですが、
前田社長自身が “そのような事の無いように全力を挙げてやってまいります。”
とコメントしました。

今後、みずほが本当に真摯な対応をするかどうかは、
補償件数という数字で計れると思います。他行の補償件数に比べて
見劣りのする数字であれば、“個々の事情”という回答が単なる逃げ口上に
過ぎなかったことがはっきりすると思います。




それで、補償件数についての解答をいただくべく、
最寄りのみずほ銀行有楽町支店のお客様サービス課を訪ねました。
そこで対応してくださった能勢さんという方によると、
それは本店の中の“お客様サービス係り”です、という事でその足で本店を訪問。
本店で“お客様サービス係り”をお願いしたところ、サービス管理チームの石毛さん
という方から、“それは専門のスタッフのいるフリーダイアルにお電話下さい”と、
又もたらいまわし。ただし、石毛さんがお見せくださったパンフレットには
 “詳しくは窓口またはフリーダイアルに”と書いてありましたので、
窓口とは?とお聞きしたところ、各支店にあります、との事。
最初に訪ねたところのことではないですか!

ですが、石毛さんは“フリーダイアルに”と繰り返すばかりですので
石毛さんにも同席を頼んだうえで、電話をしました。
しかし、やはりここは被害者の相談窓口であって、
私が要求したような統計資料(何年度の被害を何件補償したか、など)は
持ち合わせていませんでした。石毛さんも巻き込んで交渉した結果、
できるだけ速やかに、過去5年間の被害について、各年度、
相談件数が何件でいくらか。其のうち補償した件数は何件でいくらか。
を調べて報告していただく事になりました。
ただ、“できるだけ速やか”では、いつまで待たされるかわからないので
今週の金曜日までにわかった範囲で報告をいただく事にしました。

 この押し問答の合間に、もう一人、寺村さんという方も同席されていましたが、
自席に戻り、数字を調べてきて下さいました。
以下の内容です。(書面で数字を持っていたにも関わらず書面では渡せないと、
数字を読み上げられたのを書き写してきました)

5月2日現在の数字として、

1.2005年11月以降の相談で補償を実施済みは241件、2億5500万円。
補償の予定は333件で2億5200万円。

2.2003年以前の事案で補償対象外は129件で2億9900万円。

3.2004年1月から2005年11月までの事案で対象内であり、
継続交渉中は318件で4億2200万円。

この中で2番目の“補償対象外”の意味を尋ねたところ、2003年11月以前の被害は“対象外”であると寺村さんがはっきりお答えになりました。
やはり現場では明確な線引きをしていました。

 最後に石毛さんから、“取り急ぎ調べたこの数字はご参考になりましたでしょうか。
承った5年分の資料については金曜日までに回答します”
というコメントをいただきましたので、お礼を述べてみずほ本店を後にしました。


PageTop

エピローグ 松原湖駅今昔(画像復旧)

稲子湯からバスに揺られて、松原湖駅入り口に降ります。
駅に向かうとはとても思えない、あぜ道程度の道を
駅に向かいます。

FI2621749_2E.jpg

到着した「松原湖駅」は無人駅。
ちいさな東屋がわれわれを迎えてくれます。
昔と変わらないのは駅入り口の水道の蛇口だけです。

マスターが登山を始めたころは、この駅は有人駅でした。
このイメージは、1988年の五月の連休に、
北八ヶ岳積雪期単独縦走を終えて、同駅に到着した時の写真です。
FI2621749_3E.jpg

小海線開通以来と思える駅舎が建っていました。
すでにJRの時代で、普段は無人となっている様子でしたが
休日など書き入れ時には駅員がいたようです。
このときもいました。
奥に懐かしい色分けのディーゼル車が停車しています。
駅舎からまさに出ようとしているのは
今日と同じ中高年登山者です。

やがて、休日も駅員はいなくなり、出札口はベニヤ板で
ふさがれてしまいました。

そして、いつのころにか、この駅舎は取り壊されてしまいました。

FI2621749_4E.jpg

新型ディーゼル車が滑り込んできました。
曇り空のため露出不足となり申し訳ありません。
乗車すると完全空調が効いており、車窓は固定式で
高原列車の爽快さを味わうことは不可能となりました。


FI2621749_5E.jpg

こちらも1988年5月の同シーンです。
当時とはベンチも違っており、
当時をしのばせるものは
横倒しになったロッカーが
掃除用具入れとして使用されているのみです。

当時のキャプションを見ると帰りは小淵沢から
「あずさ」に乗り換えました。
でも今回は延々と千葉まで普通列車に揺られました。

給料は当時より少しは増えていますが、
自由になるカネは大幅に減ってしまいました。

二十年変わらぬ色合い青薄

つづきを表示

PageTop

北八ヶ岳 渋の湯~天狗岳~ニュウ~稲子湯 縦走3(画像復旧)

さて、翌日朝食のあと下山となります。
イメージはヒュッテ内の食堂での朝食風景です。
FI2621748_1E.jpg

こういうとき、マスター同様ブログに乗せるためにか、
食事の内容や、食事風景をフラッシュを焚きながら撮影する人が多いようです。
でも、どうも「食」を冒涜している行為にしかマスターは思えません。
食事中にカメラを構えるのは慎みたいと思います。


当初の計画策定者の思惑と異なり、マスターの案が通り
中山峠からの急下降はやめて「ニュウ」経由での下山となりました。
北八ヶ岳の静かな山道を歩くことしばし、
ニュウ山頂(岩の突端に過ぎませんが)到着します。
FI2621748_2E.jpg


ここはいつきても静かで、しかも眺めはよい場所です。
イメージではよくわかりませんが、富士山が見えます。
一方、北側に目を転ずると、白駒池から蓼科山までが見渡せ、
19歳からの数々の山旅の思い出が、頭の中をよぎります。

FI2621748_3E.jpg

昨日の「牛歩」氏も、今日は足取りも軽く、
予想より早く11時30分に稲子湯に下山しました。
ここも混雑するときは、宿前にクルマ・バイクが連なり
小さな風呂場への入浴は順番制となります。
しかし、日曜昼なのにクルマも入浴客もあまりいないので
ゆっくりと、バスが来るまでの一時間。入浴と休息を楽しみました。

FI2621748_4E.jpg

順番が狂いましたが
今回の黒百合ヒュッテの水場です。
FI2621748_5E.jpg


湿地の水溜りに、木枠を作り
ひしゃくで水をすくう形です。
冬場は結氷した表面をピッケルで
打ち壊して水を得ます。
山の水場は場所によって千差万別で
どれが標準ということはありません。

くれぐれも、水筒をこういう水場に突っ込んだりするような
まねはしないでください。

(続く)

PageTop

北八ヶ岳 渋の湯~天狗岳~ニュウ~稲子湯 縦走2(画像復旧)

(前記事より続く)
さて、小屋に荷物を置いて、体力のあるものは東天狗岳に挑戦します。
FI2621747_1E.jpg

イメージの左側のピークです。
右側は西天狗岳と呼ばれています。
東天狗岳は八ヶ岳の縦走路に取り込まれていますので
ピークを踏む人が多いです。
われわれは、小屋から「天狗の奥庭」と呼ばれる
岩場を経由して山頂へ向かいました。


FI2621747_2E.jpg

曇天でしたが、山頂近くまで達すると、茅野方面がよく見えます。
頂上でしばし南八ヶ岳の眺望を楽しんだ後、黒百合ヒュッテに
今度は佐久側が切れ落ちている直下コースを選んで戻ります。
この直下(直登)コースは
冬場はアイゼン・ピッケルが必要で、
北八ヶ岳では難所のひとつでしたが、
最近は入山の容易さから中高年を中心に
夏場よりかえって賑わいを見せているそうです。

小屋に戻ると「木魂祭」の一環として、
山域精通者による講演会がすでに開かれている最中でした。

夕食では、つくね風ハンバーグがおいしかったです。
また、アザミなどの野草・山菜の天ぷらも目先が変わっていて
舌を楽しませてくれました。

嬉しいことに、「前夜祭」とのことで、小屋提供の日本酒飲み放題
という大サービスがつきました。

梅雨時とあって宿泊者は二十数名と少なく、布団は一人づつ割り当てられ
ゆったりとした環境で眠れました。

PageTop

北八ヶ岳 渋の湯~天狗岳~ニュウ~稲子湯 縦走1(画像復旧・追記)

6月24日早朝。千葉発の「あずさ」にのり、
他メンバーより一足はやく茅野駅に到着。
イメージは他メンバーが乗車している「スーパーあずさ」が
茅野駅に到着したところです。
FI2621746_1E.jpg

今回は「逆走」はなかったようです。
茅野駅到着後、一人遅刻が判明、とりあえず5名で入山ということになり
タクシーで「渋の湯」に向かいます。
タクシーで一時間ほど揺られて、登山口「渋の湯」に到着。
料金は1,300円/人で大人数だとバスとあまり変わりません。
近頃の、登山者の「高齢化」「秘湯ブーム」のためか来る度に
設備が立派になっているような気がします。

FI2621746_2E.jpg

「渋の湯」のから小橋を渡ってすぐに山道へ。
北八ヶ岳特有の倒木と木漏れ日、可憐な高山植物
のおで迎いに、メンバー中の初心者は思わず声を
あげ続けています。
(マスターもそんな時期がありました。)
なお、この樹林の道は、天狗岳周辺とニュウ山頂以外
はずっと続きます。

FI2621746_3E.jpg


前回の「石老山」のときも「牛歩」状態となった
メンバーが、やはり遅れ始めます。
もっとも、このコース。イージールートが多い北八ヶ岳のなかでも
もっともイージーなコースですので、思ったほど遅れず、
今夜の宿泊地「黒百合ヒュッテ」に到着します。
テントサイトは何度か宿泊していますが、
小屋本体は初めての宿泊です。
FI2621746_4E.jpg

本日は「木魂祭」という行事が行われるのを到着後初めてしりました。

テントサイトには高校生パーティーが二張り、学生パーティーが二張り
すでにテントを設営しています。



今年は、どの山域も残雪が多いようで、
ヒュッテ向かいの斜面にも残雪が見られます。
FI2621746_5E.jpg
例年だと6月初めには雪は見られなくなります。
(続く)

2010年3月14日追記
どうって事ない初心者向け北八ヶ岳横断記ですが、
検索エンジンの上位にあるらしくアクセスが絶えません。
天狗、ニュウと立ち寄っているからでしょうか。
「黒百合ヒュッテ」のリンクはPC・携帯両版がありましたが、
PC版で張り替えました。
今では携帯もPCサイズを自動変換していますので
そうさせていただきました。

PageTop

北八ヶ岳の黒百合ヒュッテに行ってきます(画像復旧・リンク張替え)

すいません。これから早朝の「あずさ」で茅野に向かい。「渋の湯」から入山します。
メンバーは6人と大所帯なので、いつも「いらっしゃい。」といってくださるyatsuさん、
今回は遠慮させていただきます。そのうち一人か二名のときに必ず伺います。
天候はあまりよくありませんが、天候、メンバーの体力、経験度から適当な
コースを選定して、明日、稲子湯(これも渋の湯に変更かも)に下山予定です。
モブログが使えないのはイタイですね。次の更新は日曜日夜となります。
無駄足運ばないでね。




ワールドカップに言及したためか、アクセス数が異常に増えて、自己最高記録
を更新しました。あまりアクセス数は気にしませんが、皆さんありがとうございます。

さて、昨日はくしくも沖縄戦終了の日。
昨日の日本の試合パターン。
沖縄戦のとき、米軍司令官を砲撃で戦死させたために、米軍の敵愾心を
煽ってしまって、日本軍民への虐殺・婦女暴行に米軍兵を走らせた
「史実」を思い出してしまいました。

試合後、
インタビューで言葉の出ない選手。
グランドで天を仰いだままの「司令塔」。

なにやら60数年前、南の島々で繰り広げられた「戦い」の終焉シーンを
思い出させます。
FI2621745_2E.jpg

2010年3月12日追記
yatsuさんはマスター同様Doblogから放り出されて
別ブログに移住しています。リンク先を現行に張り替えました。
ハンドルネームも変えていらしゃるようです。
モブログが供用廃止になった頃でしょうか。
ドンドンサービスが悪化していくDoblogでした。

またワールドカップが行われます。
今回は見る前から結果がわかっているような・・・。

つづきを表示

PageTop

ワールドカップ対ブラジル戦と「日ソ終戦交渉」の相似点

さて、今朝のスポーツ新聞はおろか、一般紙・そしてサッカー専門紙と化した
「日経」も、見出しだけを追うと、まるで大東亜戦争末期の日本の新聞を
見る想いです。

相手の実力を正面から見ないで、下手な精神論や楽観論が支配しています。

「恐れずDFの裏突け」「かく戦う」「ゴール量産あるのみ」
これが自称「日本のウォールストリートジャーナル」の出す見出しでしょうか。
思わず目を疑います。

大学の専攻の関係上、戦時下の日本の新聞を閲覧したことがあります。
負けが込めば込むほど、見出しは「必勝の信念」に貫かれた、ありそうもない
夢想的なものとなり、第一線で死んでいく将兵らの無念の想いとかけ離れて
いくのが理解できました。

おととい、古新聞を整理していたら、ワールドカップの予想記事が見つかりました。
皆が決勝トーナメント進出と楽観論を出しているのに、一人セルジオ越後だけが
「残念だが、今の実力では予選リーグ落ち。」と言い切っていました。

実は、これはサッカー協会の宣伝記事なので、本来ならば提灯記事を書くべきです。
セルジオ氏は日本人たちに「正直に冷静に考えろ。」
警告を発したのだと思います。

敗戦直前、ソビエトは独ソ戦の流血で鍛え上げた自らの軍事理論の総仕上げ
として、満州の関東軍をはじめとする対日戦を立案・実行しました。
そこには「手抜き」はなかったのは戦史の語るところです。

でも、日本はソビエト参戦の直前まで、自らに都合のよい理屈で
英米との和平工作をソビエトに依頼していたのです。

まさに中江兆民が日清戦争直後に予想した
「後世の笑いもの」に、当時の日本は陥っていました。

結局、日本民族の発想は何も変わっていないのだと、
いつもこの手の事態がおきるたびに、マスターは思います。

つづきを表示

PageTop

「笑点」のテーマソングの歌詞

若い人の中には、あのテーマソングに歌詞がついていたことを
知らない人が結構いるようです。
そこで、思い出すままに書いてみます。
歌は歌丸ではなかったかと思います。
作詞は前田武彦

(前奏)
ボヤボヤしながら見るテレビ!(太字出演者斉唱。以下同じ。)
ドキドキしながら見るテレビ!
メソメソしながら見るテ~レビ
いろんなテレビがあるけれど
同じ見るなら笑わにゃソンソン!
笑う点ならそのものズバリ
それはご存知、それはご存知、
笑点だあよ。

(スキャット)
チャンネル合わせろ(ホイ笑点!)
二枚目揃いだ(ホイ笑点!)

(あと二行ほどは忘れた)

(再び前奏)
笑う点ならそのものズバリ
それはご存知、それはご存知、
笑点だあよ。

PageTop