進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

【画像復旧・追記あり】8月の努力目標

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真夏到来!といきたいところです。
でも、今年も天候は不安定です。
首都圏のメディアばかり接していると、
農産物の出来がどうなっているのかわかりません。
不作が決定的になってから、大慌てで報道します。

そして、朝のニュースで「米が不作」と伝えられると、
夕方のスーパーではもう米は売り切れ
なんていうことが実際に起こります。

皆様のすんでいる地域の作物の状況はどうなっているのでしょうか。
ご一報していただければ幸いです。

今月もマスターは2000円札の広報マンとして活躍します。
皆様、どんどんこのブログの存在を知らない人達にもお声をかけて
2000円札活性化のお手伝いをお願いします。
おかげさまで当ブログも延べアクセスが五万八千件を超えました。
お立ち寄りありがとうございます。

先月後半からの大家さんの「大火災」はあたかもミッドウェイ海戦の
空母赤城の惨状を思わせるものでした。
脱出を決意・実行した店子、とりあえず避難中の店子、
「艦と運命を共にする決心」をした店子と
さまざまな人間模様が織りなされました。
七月終わりから「※火消し」屋が参入したのでしょうか、
とりあえず落ち着きを見せて、店子らに噂された「海没処分」は免れたようです。
なにぶん日本最古のIT企業ですから、無名ながらも能力抜群の
「火消し」屋さんは、自薦他薦を問わず抱えているのでしょう。

そういう人は、普段は昼酒を飲もうが野菜作りに励もうが
ほっといて、イザというときのために温存すべきです。

※「火消し」とはコンピュータ業界では、どうにもならなくなったシステムを
 無事正常稼動させること、あるいはそういう能力を持った人たちです。
 あたかも戦国時代の「忍者」のごとく、表に出ることは少ないです。
 
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イメージは「空母赤城」の雄姿。イラストはもちろん小松崎茂先生!。

前島密先生の故地訪問はオフシーズンの真冬にしましょうか。
冬の日本海で取れた酒肴が待っている。


今月の目標

1.「2000円札」「二千円札」「2千円札」「弐千円札」に言及しているブログに
 積極的にTB、コメントを掛けて、少しでも2000円札への
 理解者を増やす。(すでに昨年10月中旬から実施中) 
 
 これは、ポータルサイトのサーチエンジンを利用しています。
 最近更新順にチェックをしています。当然チェック漏れも
 発生しますが、ご容赦ください。
 「がんばってください」という、手ごたえのある書き込みを
 してくださる方が多く、励みになります。


2.2000円札に好意的な反応、マスター同様積極使用されている皆さんの
 ブログは、積極的にブックマーク・リンクを張らせていただきます。
 
 同好の士を少しでも紹介することにより、2000円札への理解がより
 深まるものと考えています。また、「アンチ派」の皆様には、「怖いものみたさ」
 の欲求を満足させることでしょう。
 2000円札フリークの方は「ブックマーク」「リンク」欄も必ずチェックしてください。
※ なお、「fc2」以外のブログの方は、もしご自身のブログに
 私のコメントに対するレスを書き込んだ場合、
 マスターのところへ、見てくれるようにご一報願います。
 

3.記事の内容に関係なくても、最後は自作の俳句で締めます。  
(例外もあります。ご了承ください) 
 投句の結果は、拙ブログで順次発表しています。
 先月は完全サボりでした。せっかく山旅をしたのに残念です。
 今月はがんばります。


4.毎日更新 
 ほぼ達成しました。

 
なお、このブログの趣旨に合わないと判断したコメント・トラックバックは
無断で削除いたします。迷惑系、広告・宣伝系(アフリエイト)
の事です。ご了承願います。それでは。


向日葵も首傾げるや空模様

2013年6月1日追記
リンク切れなどは外しました。
混乱すると困るので、ツイッターには連携させませんでした。
当時からDoblog運用の不安定さに泣かされていたことを思い出しました。

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8月30日20時テレビ東京(首都圏)放送の「いい旅・夢気分」に注目 追記

過去記事で触れた「八十里庵」がタイトルのように放送されます。
ぜひ見てください。

該当番組のサイト

大物を釣りし俳優夏盛り

追記。
本日、診察のため、DVD録画をセットしました。
今見ますと、ぜんぜん録画されていない。

マスターが子どものころ、父親世代がラジカセの操作一つ出来ないのが
不思議でした。時代は移ろいゆくものです。


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「ハウス北海道ホワイトカレー」を食べてみた(画像復旧・追記あり)

どなたかのブログかは忘れましたが、
タイトルの商品の紹介がありました。
そのときは「食べたくない。」とコメントをしたマスターですが、
テレビでも広告を打っているのを見るにおよび
試食することとなりました。

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お試し需要を想定したのか、
レトルト版が上市されていた。
「北海道」と名打つのだから、
「どういう理由があるのかと」思ったが
(食品のこの手の表示は厳しいので)
具に「北海道産」を使用しているということで納得。

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皿に盛ってみる。
どう見ても、シチュー掛けご飯である。
試食する。
シチューの味が8割、香辛料の味が2割
というほどか。
マスターもメーカー勤務なので、
この「冒険品」を上市するのには
研究・営業・生産の涙ぐましい努力があったのであろうことは
容易に理解できる。

でも、リピーターにはならないだろう。
やはり味覚が中途半端だからである。

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箱の後ろを見る。
「品名 カレー」と明記してある。
この種の表示も法律で厳密に決められており
この製品を「カレー」のカテゴリーに入れるのには
涙ぐましい努力があったのは想像できる。

でも、消費者はそのような供給側の
涙ぐましい物語とは関係ないところで
商品を選択する自由がある。

本当に悲しく・悔しいが、せめてかっての
日清食品の「インスタントチャーハン」や
「カップライス」のように「返品の山」に
ならないことを祈るばかりである。

一口の食事に想う夏の宵


2011年6月22日追記
「北海道ホワイトカレー」でのアクセスが確認され
画像復旧しました。
念のため、ハウスのサイトを覗くと、ルウは現在も発売されていますが
レトルトは売られていないようです。

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本日疲労感が抜けず勤務先を休みました 追記あり

今週はじめから、疲労感が抜けないマスターです。
原因は不明です。
とうとう今日は勤務先を休んで、
かねてから懇意の医師の受診をします。
予約制ですが、なんとか夕方に見てもらうこととなりました。
そういうわけで、白昼の書き込みですが、勤務先関係の皆様
ご勘弁願います。

皆さんの中で、「疲労感」に効くサプリ・薬・健康法がありましたら
教えてください。とりあえずビタミン剤とニンニク卵黄を飲んでいます。
なお「根性論」はお断りします。

「山本せんせー」の講演記事をアップしたのも、
氏は「根性論」を否定されていたからです。(記事では明確に書きませんでした。)
「昔は練習中に水を飲むなとか、本当にめちゃくちゃな理屈が
まかり通っていました。」と氏も述べています。

日本のアスリート達の現役年齢があがっているのも、1980年代からようやく
「根性論」を退け、科学的なトレーニングとスポーツ心理学を重視するように
なったからだとマスターは思います。

「成果主義」の犠牲者が公になり始め、
ようやくサラリーマンの「根性論」も見直しがなされ始めています。
でも、皮肉にもスポーツ界より動きが遅いようです。

臥してまで仕事を想う病葉よ


追記
診察した先生は、マスターの業務環境なども細かく聞きただし、
結論をだしました。「夏ばて」。
原因も説明されました。守秘義務にかかわることなので
公開は差し控えます。今後「夏ばて」対応を進めます。






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mixiに加入しました(画像復旧・追記)

話題のSNS、ミクシィに加入しました。
しかし年長者のマスターにまで
同年輩の友人から「招待状」を発送してもらえるとは、
ミクシィの「選民意識」・「セキュリティの高さ」も事実上崩壊ですね。

活動はほとんどしていません。
なにぶん中堅社会人としてはブログ更新・チェックで手一杯です。

とりあえず出身校のコミュニティには登録しました。
でも、会員の皆さんはブロガーより平均年齢ははるかに若いですね。
20代が上限でしょうか。

出身小学校のコミュニティでは、マスターと同じく合唱班に入っていた
人もいたので、マスターの思い出話を書き込みました。

出身高校ではマスター在学時代からの
名物先生の言行録コミュニティがあり、びっくり!
言行録より「先生相変わらずお元気なんだな。」と懐かしい思いに浸りました。
先生の異動がないのが私立中高のよさのひとつかもしれません。

もちろん、二千円札普及のコミュニティもあり参加させていただきました。

それよりも驚いたのは、マスターの勤務先の来年入社内定組の
コミュニティがすでに作られ、そこそこの参加者があること!
しかも、会社のロゴまでしっかり使用しています。

あのね。先輩ずらして一席ぶちますが、
どこの会社でも人事や総務は
君たちが思うほど甘くはありません。
いかなる形でも必ずチェックが入ります。
(このブログもチェックが入っているでしょう。)
たとえ「会社の悪口は言わない、書かない。」と決めても、
即刻、このコミュニティは止めるべきです。
「李下に冠を正さず」です。

たとえば会社のロゴを勝手に使用すれば、
社則に触れて、処分をうける可能性があります。
社員章一個紛失しても始末書を書かされるのが「会社」です。

就職が決まってうれしいのは理解できますが、
あなたたちを待ち受けているのは、
「成果主義」と「グローバル化」に対応した「法人」です。
「お客様」から「作るほう・売るほう」への発想の変換です。
いつまでもサークル気分では困ります。
少しでも早く「役に立つ」人材を欲しいがために
卒業一年近くも前に「内定」を出していることを理解してください。


「しまった!」と思っても後の祭りです。ご用心。

もちろんマスターはチクリません。
でも、コミュニティの存在はすでにバレバレかもね。

ミクシィ用に作成した似顔です。
御笑覧ください。
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「似ていない。」というご指摘を受けましたが、
どうしても若作りになります。
また、そっくりに描く必要もないでしょう。

後輩に苦い一言夏終わる

2010年11月11日追記
mixiで「同期サイト」を立ち上げ
「東京に配属されたい」「卒業まで遊んでやる」
「座右の銘ー(マスターにはとてもかけない暴言)」
を書いていた某氏の配属先は言うまでもありませんでした。
他の人は「卒業ぎりぎりまで研究に励みます。」
などと「まじめな」書き込みだったのに。

それからこの記事、「社員章 紛失」でググって来る人が
絶えません。哀しいです。

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岡山県で偽2千円札見つかる 津山で4月自販機前に放置

津山市で4月、偽2000円札1枚が見つかり、県警が通貨偽造などの疑いで調べていることが26日、分かった。2000円札は2000年7月に発行され、日銀岡山支店によると、偽札が確認された報告は県内初という。

 関係者によると、4月22日朝、津山市東部の民有地に置かれた飲料水の自動販売機前に、偽2000円札が放置されているのを住民が発見。後日、地元の銀行を通じて津山署に届け出た。

 真券と同様、裏表両面にカラープリントが施され、大きさもほぼ同じだが、紙質が厚く透かしもなかったという。

 警察庁の全国集計では、偽2000円札は03年の99枚を最高に、毎年11―2枚を押収している。

リンク(切れる可能性があります)
(山陽新聞 2006年8月27日掲載)

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アテネ五輪アーチェリー銀メダリスト山本博氏の講演を聞く 3(画像復旧)

(前記事続く)
現在、氏の実践していること。
・「もっと出来る!」と自分に言い聞かせている。
・一日一日を充実させるように心がけている。
・具体的には体調をノートにつけてチェック。
 (これはマスターも一年ほど前から始めましたが、先月から辞めています。
 この話を聞いたので、早速再開します。)
・寝るときもベストを尽くす。枕が替わると眠れないのでいろいろ
 試した。現在の枕(山形県製のスチュワーデスの定番品なんだそうです)
 に決めるまで、30個も試した。

質疑応答のとき、
・胸を張っているのは、意識してそうしている。
・両肩を後ろにそらす体操を披露。「これをしていれば肩こりとは無縁です。
 皆さんも仕事の合間にぜひ試してください。」と答えた。
その後主催者・聴衆への謝辞を述べて、颯爽と壇上を去りました。

(講演の中盤「メダル獲り」に話が及んだとき、マスターは『単なるメダル自慢
なのか』と思いました。でもそれはマスターの間違いで、その後の精神的な
転機が現在の氏を作り上げたことに、大いに共感を呼びました。

最近、「成果主義」ということで、あの堀江・村上被告がチヤホヤされていた
時期がありました。彼らの逮捕前の境涯は、たとえれば山本氏が「メダル・
メダル」と思い込んでいたのと同じでしょう。でもマスコミも世間も
そのレベルの「境涯」で彼らをチヤホヤして、一席ぶたせてしまいました。

山本氏は「マイナースポーツ」ゆえ、「メダル獲り一筋」のときは幸い
騒がれなかったのがよかったと思います。
山本氏風にいえば、堀江・村上氏にマスコミは
「もう一歩自分で考えて、精神的に抜けてから、人にものを言え。」
と、諌めるべきだったと今にして思います。

なお、言うまでもなく現在の氏があるのは「メダル獲り」時代の猛練習
があるからこそです。一芸に秀でるには、やはりそういう時期は必要だと
改めて痛感しました。はじめから「リラックス」だけではいけません。

山本氏に比べてマスターは・・・という愚痴はやめましょう。

この講演を機会に、いくつかのアーチェリーのサイトを廻ってみました。
若い選手にはやはり40過ぎの現役オッサンは「目の上のナントカ」
に見えるようで、「打倒山本」を明言している方もいました。
山本氏に教えを乞うた大学の後輩が、「自分で考えろ。」と一喝されたという
話もネット上で流れています。たとえそれが事実でも、氏の真意は
この記事を読まれた方は十分理解できると思います。

山本氏は講演でまず、遠く欧州で練習に励んでいるライバルに思いをはせました。
若き選手たちも「打倒」だけでは氏のレベルには達しないでしょう。
でも同義反復になりますが、そのためには「打倒山本」を突き詰めるのも
大切だと思います。そういう先達が身近にいることを若い選手たちはむしろ
「ありがたい」ことと、いつの日か思うでしょう。


講演会場で氏の著書が売られていました。
早速購入しました。
興味のある方はお買い求めください。

「最後は願うもの」
(山本博 ジャイブ? 2005年 ISBN4-86176-149-2)
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山本氏のサイト「トランプの家」 

さまざまな苦楽惜しまぬ人の秋

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アテネ五輪アーチェリー銀メダリスト山本博氏の講演を聞く 2

(前記事より続く)
・「純真な子どもが親から貰った小遣いを、いかに巻き上げるか」と
 いう方法を日夜「親分」から伝授されていたら、(さすがに五輪メダリストが
 テキヤではマズイと思ったのだろう
)母校日体大から、期限付きの助手の
 誘いが来た。テキヤを辞めて、とりあえず経済的には助かる。
なお、「テキヤ」という言葉は放送禁止語だそうで、テレビではテキヤ時代
 のことは話さないようにと、ディレクターから注意を受けている。
・「メダル捕り」を目標に練習に精進した。ソウルの後に結婚したが
 それも「結婚すれば落ち着きメダルが取れる。」と思ったからである。
 しかし、五輪出場は叶うものの成績は落ちていくばかり。
 とうとうシドニーでは国内予選落ちを体験。
・「これで山本も引退か」と周囲にささやかれ、またもや落胆する。
久しぶりに弓を握ろうとしたら、手が震えて二、三日弓に触れられなかった。
 (マスターの先輩で、登山中にバテて中途下山をした人が、次回の登山で
 山道に一歩踏み出したとたん、足が動けなくなってしまったことを
 思い出しました。
かなり精神的に「山本せんせー」も参っていたのですね。)
・高校教師をしていたが「子どもたちはメダルでなく、自分のために
 アーチェリーをしている。」ことに気がつき、「自分も自分が楽しむために
 メダルではなく初心に帰ってアーチェリーをする」ことを決意。

・それからは逆に子どもたちからも教わることが多いことに気がついた。
 それまでは、子どもたちはまだまだダメだと思っていた。
「オレが、オレが」という我執をすて、楽しみながらプレイをし始めたら
 再び成績がアップして、再び五輪に出られるようになった。
・アテネでは飛行機の中からムードメーカーに徹して、他競技の若い選手たち
 の愚痴を聞いてやったりして、自らもリラックスするように努めた。
・「中年でないと出せない」試合をしようと心がけた。
試合中、他国の選手たちが「オヤジに何ができる。」といっていたのを耳にしたが
 「オヤジにも光るものがある。」と思って試合に臨んだ。

・アーチェリーは自己対話のスポーツだ。
・今回も優勝者は完全に「自分の世界」に没入しているのがわかり、
 自分もその境涯に達するように、さらに努力をすることを誓った
選手村でテレビを見ていた若い選手たちは二つのことに驚いた。
 ?「エー!。『山本せんせー』選手だったのー!選手をリラックスさせる
 ための役員じゃなかったんだ。」
 ?「『せんせー』いつものニコニコ顔と違って、やはり試合中は真剣な顔
 をしている。」
 (ちなみに山本氏は講演中、終始笑顔を絶やさなかった)
次に氏は今心がけていることに言及した。
 

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これがその「真剣な顔」でしょうか。(続く)

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アテネ五輪アーチェリー銀メダリスト山本博氏の講演を聞く 1

41歳で銀メダルを取得した「中年の星」。山本さんの講演会の記録メモ
です。文責はマスターにあります。ご了承のほど。

演台に登場した氏は身長170センチ前後でしょうか。
アスリートとしては小柄なほうです。
でも、さすがに競技柄か胸板はがっしりして、終始胸を張りつつけながら
話をしていました。


(カッコ内はマスターが思ったことです。)
・たとえば日本が夜なら、ヨーロッパのライバル達は
 いまから練習を始める。こちらは体を休める時間に
 練習をしているので、気はあせるが、アスリートは
 睡眠を大切にしないといけない。
ビジネス系の講演者
 だと「寝ないで仕事をしろ。」とこういう時に話す人が
 多いと聞くが、私はアスリートなのでそれは言えない。
欧州との時差については過去記事参照
・アーチェリーをはじめたのは中学入学時、たまたま中学校に
 数少ないアーチェリー部があったから。
・はじめは面白く打ち続けていた。スコアをはじめて取ったら
 男女混合でも自分が最下位でショックを受けた。
・慌てて図書館から教則本を借り、一晩で読破。
 翌日から教則本の実践を始めると、ようやく腕が上がり始めた。
・「上達法は自分で考えろ。」と先輩・顧問に言われたからこそだが
 最近の子どもはそうではない。何でも教えてもらわないと不愉快
 になる。失敗するとすぐに教えた側のせいにする。
 (この辺マスターも耳が痛いです。)たとえばなんでも「親は
 すばらしいから親の言うことしか聞かない。」という子どもが
 いるが。それはよくない。
・ロス五輪は大学生時代。「まだ先がある。」と思いリラックスして
 競技に臨んだ。一位の米人選手とは大差があり二位争いとなった。
 頭の中で表彰台に一位選手の米国国歌が流れるシーンが出てきたら
 突然調子が狂い、不本意ながら三位に留まった。
 
以降、自発的にスポーツ心理学の勉強、
 心理学者からのアドバイスを受けるようになる。
・それでも帰国するとメダリストとして歓迎された。
 次もがんばってメダル獲りを決意。
・メダリストだが所詮マイナー競技。就職は苦労した。
 母校横浜高校に教師として採用するように校長に直談判。
 しかし校長は「現役を辞めて指導者になるなら採用する。
 ウチで現役がほしいのは高校球児だけ。」(場内笑)といわれあきらめる。
とうとうどこにも就職できずテキ屋となり、縁日の屋台で物売りとなる。
 (他にも職はありそうなものだが、ある意味面白いオッサンです。)

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(続く)


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1981年7月に見た映画2 追記あり(画像復旧)

以下の三篇は成人映画につき、不愉快と思われる方は、
すぐにお立ち去りください。




女教師のめざめ
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主演の朝比奈順子さんはタカラジェンヌから
ロマンポルノへ進出。
当時話題になりました。
そのデビュー作です。


女教師 汚れた噂
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宮井えりなさん主演。
多分これで見にでかけたのだと思います。

女教師 童貞狩り
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撮影は姫田真佐久さんです。
当時のノートより

三本とも面白くない。「ポルノ」への興味も失ってしまったのだろう。
冷房はよく効いていた。暑さしのぎに映画館は格好だ。
まだ年間目標の二ヶ月分しか見ていない。
夏休みは映画三昧といこう。


(1981年7月17日 牛込文化)
同館はその後閉館したようです。この一度だけしか足を運んでいないので
マスターには、いまや場所は特定できません。

闇中の冷房に未知追いかける

追記 先週末から突然拙ブログのアクセス数が大幅に増えています。
カウンターが壊れているとしか、マスターには思えません。
ご事情ご存知の方は教えてください。



2011年12月4日追記
アクセスが確認されたので画像を復旧しました。
三作ともにVHSソフトは出ているようですが、
DVDはでてないようです。

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1981年7月に見た映画「M★A★S★H」「最前線物語」 追記あり(画像復旧)

二本とも蓮實先生の授業に関係ありです。
「M★A★S★H」はロバート・アルトマンの傑作です。
朝鮮戦争の野戦病院を舞台にしたコメディです。
もちろん、反戦のメッセージが底流に流れてはいます。
でも、素直に笑いましょう。
冒頭、実用化されたばかりのヘリコプターが
橇の脇に傷病兵を寝かせて、
ゆっくりと野戦病院に降りていくシーンが印象的でした。
ヘリはベトナム戦争の頃のように
最前線に突っ込んでいくほど発達はしていません。

日本で息抜きのためゴルフに興じるシーンも印象に残っています。

マスターが見た当時は知名度が高かった映画ですが、
舞台となった朝鮮戦争同様、今では忘れられたようで、
DVDは出ていないようです。ビデオはあるかもしれません。

追記
先ほどマスター宅近くのレンタル店で、同作のDVDを見つけました。
興味のある方はご覧ください。

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(2007/04/13)
ドナルド・サザーランドエリオット・グールド

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続いて「最前線物語」。過去記事を参照願います。

特に印象に残るシーンや技法はありませんが、
戦場の様子を淡々と描いています。

この頃はハリウッドで第二次大戦を舞台にした
戦争映画があまり作られていなかったように
記憶しています。それで宣伝に二の足を
踏んだのかもそれません。

余談ですが、この二本立てをマスターと一緒に見た友人は
後にフィージーに出かけたとき、この映画が現地の映画館で
インド映画と一緒に上映されているのを見たと話してくれました。

ちょっと味のある映画のためか、DVDは出ています。

(1981年7月16日 池袋文芸坐にて鑑賞)

夏休み甲子園だけまだ明けぬ

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