進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

【再設定・追記あり】11月の努力目標

皆さんお元気にお過ごしのことと思われます。
11月となりました。
今月の花は「さざんか」です。
マスターが就職した頃、
「山茶花の宿」という「不倫演歌」がカラオケで
よくオヤジ達が歌っていました。




その「オヤジ」たちも、いまははや定年を迎え、
こちらが「オヤジ」になっています。
生々流転。


今月もマスターは2000円札の広報マンとして活躍します。
皆様、どんどんこのブログの存在を知らない人達にもお声をかけて
2000円札活性化のお手伝いをお願いします。
おかげさまで当ブログも延べアクセス数が八万件を超えました。
またこの「月初掲示・一日一更新」も一年を迎えました。
拙ブログ立ち上げ三周年を過ぎたらオフ会でも開きましょうか。
(参加者二人以上で開催します。ドブログ以外の方もどうぞ。)
ともあれ、お立ち寄りありがとうございます。

これも、日本有数のシステムインテグレーターとしての
矜持を失わない「大家さん」のバックアップあってのことと
思い、感謝で胸が詰まる思いです。

今月の目標

1.「2000円札」「二千円札」「2千円札」「弐千円札」に言及しているブログに
 積極的にTB、コメントを掛けて、少しでも2000円札への
 理解者を増やす。(すでに昨年10月中旬から実施中) 
 
 これは、ポータルサイトのサーチエンジンを利用しています。
 更新順にチェックをしています。当然チェック漏れ・二重マークも
 発生しますが、ご容赦ください。
 「がんばってください」という、手ごたえのある書き込みを
 してくださる方が多く、励みになります。
なお、コメント・TBを不快に感じた方は、当方に無断で削除してかまいません。 

2.2000円札に好意的な反応、マスター同様積極使用されている皆さんの
 ブログは、積極的にブックマーク・リンクを張らせていただきます。 

 同好の士を少しでも紹介することにより、2000円札への理解がより
 深まるものと考えています。また、「アンチ派」の皆様には、「怖いものみたさ」
 の欲求を満足させることでしょう。
 2000円札フリークの方は「ブックマーク」「リンク」欄も必ずチェックしてください。
※ なお、「ドブログ」以外のブログの方は、もしご自身のブログに
 私のコメントに対するレスを書き込んだ場合、
 マスターのところへ、見てくれるようにご一報願います。
 
3.記事の内容に関係なくても、最後は自作の俳句で締めます。 
 
 (例外記事もあります。ご了承ください) 
 最近、句会に投句していません。選句発表は休止します。


なお、このブログの趣旨に合わないと判断したコメント・トラックバックは
無断で削除いたします。迷惑系、広告・宣伝系(アフリエイト)
の事です。ご了承願います。それでは。


印刷屋「喪中はがき」の見本出し

2013年10月13日追記
Doblog強制退去時にスリップした記事の復旧です。
一部リンクを外したり、「さざんか」の画像から
「さざんかの宿」の動画に変えました。
ポップス色の強い「ザ・ベストテン」にも
出場されていたのですね。

つづきを表示

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大峰奥駈コースをマスターは征く14 エピローグ(再設定)

バス停そばには、食事も出せるしもちろんタクシーも呼べる
茶屋があると聞いていたが、やはりオフシーズン。営業していなかった。
本当にクルマで送ってもらって助かった。携帯は相変わらず圏外。
待つことしばし、奈良交通のバスが来る。
バスの中は我々が乗るまでは乗客はいなかった。
途中でも、大峰から降りた登山者を収容。途中乗り換えのあと
近鉄大和上市駅へと向かう。雨は止んでいない。

大和上市駅下車のとき初めて料金をを支払う。
1600円くらい。もちろん2000円札をだす。
しかし、バスの運転手は「そのお札は駄目です。どなたか車内の
方で交換できませんか。」とマイクで呼びかける。
すぐに柏木から乗ってきた二十歳前後の女性が交換に
応じてくれた。
「いまどき弐千円札とは珍しいですね。」と運転手。
奈良県でようやく弐千円札を使用した。
(なお、彼女は近鉄柏原神宮前駅まで一緒になる。
大阪で勤めているのか、通学しているのだろう。)

バスに乗った地元の登山客は料金が高いことに不満を述べていた。
でも、二時間のバスの旅。それくらいかかるだろう。
市内の路線バスではないのだから。

かくして、その後はマスターの予定通り、近鉄特急で京都。
「ひかり」で東京。そしてマスター宅へと戻る。
雨はしつこくついて来た。

バスの中で親切な登山客が「近鉄特急で柿の葉寿司で祝い酒ですね。」
といってくれたがその通りとなった。

でもこの「柿の葉寿司」。東京でも売っているんですね。
そのうち懐かしくなったら、東京のデパートで買います。

参考リンク「大峰山女人禁制」の開放を求める会

柿の葉をめくり一献旅終える


2012年5月12日追記
アクセスが確認され再設定をしました。

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大峰奥駈コースをマスターは征く13 前鬼宿坊の親切(画像差し替え・追記)

相変わらずの風雨のなか、階段・ジグザグとこの手の急下降
お定まりの下山路をうんざりするほどあじわっって、ようやく
14時頃前鬼の宿坊にたどり着く。(バスの発車は15時、
ここからは徒歩二時間半なので間に合わない。)
登山道を中心に二つの建物。下山方向左側は寺院の様子。
右側は民宿(宿坊)の様子。
大阪ナンバーのRV車が一台停まっている。(ここは奈良県。客か?)
さらに見ると電話ボックスがある。
中をのぞくと、あら懐かしや。
マスターのいた仙台育英会五城寮・アパート・独身寮に鎮座していた
ダイヤル式ピンク電話。

2012042815340000.jpg


携帯(FOMA)は相変わらず通じないので、
ピンク電話を掛ける。
10円玉を投入するが自宅に通じない。
あきらめて、風雨の中舗装道路を
前鬼口まで歩き始める。

10分ほど歩いたろうか。
先ほどのRV車が近づき停車。
中には人の良さそうな中年夫婦
「前鬼口の宿坊の者ですが。今から
歩いてもバスには間に合わないでしょう。
バス停までおのせします。」
遠慮なく乗り込む。

車中、話をしてくれる。
「風雨はこれから激しくなり、今夜がピーク。
(もともと雨の多い地域とは知っていたがこれ程とは。)」
「道迷いをしたところは崩落後、ロープで誘導を
していたはずだが見つけなかったか。
(ロープはまったくなかった。また流されたのだろう。)」

このとき初めて昨日誰かが
「前鬼への下り道は地形図とは違う。」と話しているのを
思い出した。肝心なときに思い出せなかった・・・。

「お分かりのように、この山域は修験道の修行道で
かなりきつい。でも世界遺産指定後、多くの中高年登山者
が低標高だからと舐めて入山して、ほうほうのていで逃げ戻ってくる。」
「私たちは普段大阪に住み、週末だけここに来る。」
(リンク参照)
「この道もご覧の通り落石が多く、タイヤはパンクばかりしている。
修理代は馬鹿にならない。」
マスターが「今度はここから熊野本宮まで行きます。
そのときは前泊させてください。」というと
「いやー。それには及びませんよ。」と
笑いながらも途中のルートや避難小屋の状況を
教えてもらった。

途中で「前夜テント泊をした」若いカップルをピックアップ。
彼らもバスで帰るつもりだったので助かったようだ。

バス停で3人とも下車。「お礼」は受け取ってもらわなかった。

小屋で一緒だった二人組みが雨の中
バス停で待っていた。

クルマに送られた事情を話すが、あまり面白くない様子。
そりゃ、まじめに二時間半風雨の中を歩いてきたのに
プチ遭難者がクルマで20分で到達だもん。
(続く)

秋雨に人の情けと歴史知る

2012年5月6日追記
アクセスが確認され再設定をしました。
電話機の画像も前鬼の実際の電話ボックスのものに入れ替えました。

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大峰奥駈コースをマスターは征く12 危うく道迷い遭難(リンク張替)

順調に階段をスキップしながら下降するマスター。
しかし、悲劇は突然訪れた。
「階段が土砂崩れで流されている。」
水場もかねた沢筋が、近年の土砂崩れで荒れ果て
階段も途中で切れている。
地図を見ると登山道は対岸にあるらしい。
大方の目星を付けて対岸に這い上がる。
沢との境界にケルンが積んである。
疎林にはテープが巻かれている。
踏み跡もある。おそらく本来の道は流されたのだろう。
踏み跡をたどればやがて流されていない道に戻るはずだと推理。
しばらく彷徨うと数十年前の「近畿山岳会」の「長尾岳へ」の道標を見る。
地図を確認すると「長尾」の地名は釈迦ヶ岳の東側。
前鬼とは方向違い。

さあ、困った。
すでにバスも帰りの新幹線もあきらめる。
帰京は明日以降になるだろう。
このまま居座って捜索隊が来るのを待つか、
道迷いのとき、未知の沢筋は絶対下ってはいけないので
(途中で下降不能な滝が現れたらおしまい。
これを知らない人が結構いて遭難死をする。)

それとも「長尾岳」へ向かうか。

ともかくセオリー通り道がはっきりしている所まで戻る。
途中入山者用の「登山道」という標識が
沢の右岸に貼ってあるのを見つける。
「あの標識までいけば何とかなるのでは。」と思う。
階段崩落地点から荒れた右岸を下降すると
先ほどの標識が見え、その後すぐに
この山旅中世話になった「天理大学ワンダーフォーゲル部」作成の
縦走路標識に出くわす。
右上を見ると再び階段が見える。

助かった。

でも時刻は13時過ぎで、本来は前鬼の宿坊を
過ぎてないといけない。バスには間に合わないが
果たして、うまくタクシーを捕まえられるか。
(続く)

紅葉散る踏みしめ道に不安増す

2012年4月22日
アクセスが確認され再設定(リンク張替)をしました。
画像がないのはそれだけ焦っていて撮影どころではなかったのでしょう。

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大峰奥駈コースをマスターは征く11 天狗の足音 楊子ノ宿避難小屋 前鬼へ(画像復旧)

夜、風雨のなか同宿の二人組みとプチ怪談話。
マスター「このヤマはなんとなく霊気が漂いますね。」
二人組み「やっぱりそう思いましたか。」
マ「修行中に遭難死した山伏さんや、玩ばれた稚児さんの・・・・。」
二人組み「歩いているときも、なにやら不気味な気配
を時々感じました。」
マ「今もなにやら、ドスン・ドスンと変な音が聞こえます。」
二人「私たちも聞こえています。共同幻聴といわれますが、
そうは思えません。」
マ「俗に『天狗の足音』と呼ばれますが、私も初めて体験しました。」

翌朝は4時起き。五時出発ということでシュラフ+カバーにもぐりこむ。
ウイスキーの入ったテルモスがちょうど空になった。
今まで一週間の山旅でも空になったことは無いのに。

4時起床。「ラジオ深夜便」をつけると誰かが早大を中退したときの話をしていた。
学費が払えず、「中退」を申し出ると「『中退』は学費を納めないと
いけない。このままやめるのは『学籍抹消』といって、大学にいたことも
認めない。それでもいいのか。」といわれた。「変な話だ。」とは思ったが
カネのあては無いので、「抹消」にした。
後年、京都の大学で聴講生になったとき、履歴書に「早大中退」と書けなかった。
さらに後年「校友会員になったら」と話が出たとき、「抹消」の話をしたら、
「未納分の学費を払えば中退扱いで校友会に入れます。」といわれたので
調べてもらって4万円ほど支払って、ようやく「中退」と履歴書に書けた。
「この程度のカネが払えなかったのか。本当に苦しかったんだな。」
とその人は思ったそうだ。 
もちろんこの人薄々お気づきですよね。五木寛之さんです。
この続きは年末(たしか大晦日)に放送するそうです。

FI2621916_2E.jpg

五時出発。相変わらず風雨は激しい。
夜はまだ明けない。ロスタイムも入れれば
出発は遅らせることはできない。
三人のヘッドランプの明かりだけが頼り。

仏生ヶ岳で夜が明け始める。
ランプの必要がなくなったので
二人を先に行かせる。

孔雀岳近辺で、東側からの風を樹林で遮った
平坦な天場適地を見つける、
昨日、小屋にあの二人がいなければきっと
時間的にここにテントを張っただろう。

この山域は江戸末期をピークに多くの宿坊が
栄えていたそうだ.ここもそういう宿坊の一つかもしれない。

風雨収まらぬなか、釈迦ヶ岳への岩場の登りくだりをする。
濡れた岩肌にビブラムソールは無効だ。
力任せに、細心の注意を払って岩場を抜ける。

やがて前鬼(ぜんき)への降り口の表示と
小さな釈迦堂と避難小屋(非耐雪構造)を見る。
昨日のポンチョ二人組みはここに泊まったのだろうか。

弥山で現地のベテラン岳人に
「装備・水は充分お持ちのようですが、大変なルートですよ。」
とアドバイスを受けたことを思い出した。

中途半端でない岩場の連続は槍穂縦走を思わせた。
「奥秩父」と「槍穂縦走」が一度に味わえる山域である。

FI2621916_3E.jpg

前鬼への下りは、地形図から想像出来ない長く辛い下りだった。
それでもずいぶん階段や梯子が近年整備されているようで、
バスの時間には充分間に合うと思われた。
(続く)

秋嵐已まずここは本格修行の地






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大峰奥駈コースをマスターは征く10 八経ヶ岳 舟ノタワ 楊子ノ宿避難小屋(画像復旧)

さて、彌山を過ぎると、またもや道は急降下、急登の繰り返しとなります。
FI2621915_1E.jpg

この付近から丹沢山塊にも見られる「鹿よけ」用鉄条網が張られます。
登山者はこの扉を開けて通過しますが、鹿は通過できません。
これは希生植物のオオヤマレンゲを鹿の食害から守るためだそうです。

風雨は強まるばかり。



急登にあえぎながら、八経ヶ岳山頂に到達。
ここは近畿地方最高峰とのことで、
彌山からここまで往復登山をする人たちも多いです。
偶々山頂は無人でした。

FI2621915_2E.jpg

写真では良くわかりませんが、
「舟ノタワ」と呼ばれる二重山稜の谷間部分です。
天候がよければ、草原状の広い谷間を気分良く
踏みしめるのですが・・・。

FI2621915_3E.jpg

で、ちょっと歩くとご覧のような悪場が待ち構えています。
これはカメラの構え方が悪いのではなく
この岩場を登らないといけません。
八経ヶ岳以降は、この「草原状」「岩場」の繰り返しが
下山まで続きます。

FI2621915_4E.jpg

午後三時過ぎ、地図には書いていない
「楊子ノ宿避難小屋+水場まで5分」の表示を見つける。
やがて、登山道東側の低地に新しい耐雪構造の立派な
小屋を認める。写真ではわからないが
裏側から積雪時に二階から出入りするように梯子がついている。
まだ日没には早いので、中に人がいなければ、水の補給だけして
適当なところでテント泊にしようと思い、扉を開ける。
中には彌山で話した二人連れ(埼玉から来た夫婦物
とは違う)がすでに休んでおり、「風雨は強まるばかり
だから今日はここで休んだら。前鬼口のバスには
充分間に合います。」といわれ、ここで宿泊決定。
登山靴を脱ぐ前に、標識に従い徒歩で5分ほど下った
水場で水を補給。

その夜は一晩中風雨はやむことは無かった。
(写真はそのときのではなく、
ほかのサイトからかっぱらいました。すいません。)

鹿声は絶え「天狗の足音」響くのみ。

FI2621915_5E.jpg
2012年4月19日追記
アクセスが確認され画像復旧をいたしました。

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大峰奥駈コースをマスターは征く9 弥山(みせん)へ(画像復旧)

さて、翌朝は雨音で目が覚める。
外は小雨と濃霧。朝食後三人で「避難小屋」を辞去。
イメージのとおりの廃屋です。


FI2621914_1E.jpg

歩くことしばし、行者姿の仏像を見かける。
いまだ神仏習合色の強い山域である。

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意外と多い・鎖場、延々と続くジグザグ道を過ぎて
ようやく弥山(「みせん」と音読み)山頂小屋に到着。
前夜の二人組みは「ここのオヤジはがめついから
入山しているのではないか。」と希望的観測を
述べていたが、やはり閉鎖中。
手前の小さな小屋の土間部分だけ開放。
ここにも「皇太子殿下御宿泊所」の記載。
ただ、土間の片隅に小さく木片が打ちつけられて
いるだけで、目立たない。この程度ならよかろう。
小屋が営業していれば水を分けてくれるそうだが
当然なし、それでも1リットルは残っているので
途中の水場で給水できるだろう。

FI2621914_3E.jpg

山頂小屋周辺は意外と登山者が多かった。
中には埼玉から徹夜でクルマを飛ばしてきたという
ポンチョを羽織った夫婦がいた。
その人に頼んで写真撮影。マスター同様、前鬼(ぜんき)まで縦走するという。
FI2621914_4E.jpg


ポンチョは風にあおられるので、登山者は好まないが
蒸れないし、二人以上なら張り合わせてツェルトの
代用になるので、軍用として使われることが
多い。二人ともしゃれた柄のポンチョだった。
樹林帯歩きでは風の心配は要らないので、
今度ポンチョも試してみようと思う。
弥山山頂へは小屋脇の鳥居をくぐる。
三分ほど歩くとまたもや護摩焚き所が現れ
そこが山頂らしい。
皇太子はもちろんここまで足を運んだようだ。
FI2621914_5E.jpg

予想に反して低気圧が居座っており、
雨はいよいよ本降り、稜線上は風雨に
全身をさらされる。
すでに予想時刻を過ぎているので
先を急ぐこととする。
(続く)

吹く風が体に染み入る冬近し


2012年4月17日
この山行記へのアクセスが確認され画像を復旧しました。

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吉村昭氏を偲ぶ講演と鼎談のお知らせ 追記あり(画像復旧)

タイトルとイメージの件。
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来年1月13日(土)14時よりサンパール荒川大ホールにて
荒川区教育委員会主催で行われます。

吉村氏はご存知のように荒川区日暮里の出身
同じく荒川区の開成学園出身でもあります。

基調講演 瀬戸内 寂聴(作家・僧侶)氏

鼎談 
津村 節子(吉村氏夫人 作家)氏
大河内 昭爾(文芸評論家・武蔵野大学名誉教授)氏
瀬戸内 寂聴 氏

 
入場無料ですが、事前に往復ハガキでの応募が必要です。(12月8日消印有効)
詳しくはこちらのサイトをご覧ください。
(11月中トップ記事にすえておきます。)

2010年6月12日追記
勿論この講演会は終了しています。荒川区役所の該当リンクも
切れていますので、外させていただきました。



追記
どうもハガキの集まりが悪いようで
ここ数日、荒川区の町内会掲示板には
「講演会」のチラシがあわてて張り出されている。
FI2621893_2E.jpg

吉村氏ファンの方は「どうせ当たらない。」
「上京するのは面倒。」と思わずにぜひ応募してください。
当夜は吉村氏生家跡の「ホテルラングウッド」に宿泊するのもよし、
男性なら隣接する「サンセット・サウナ(カプセル室があったはず。)」
に転がり込むのもよし。
翌日は「東京の下町」片手に日暮里散策をキメルのがよいと思います。

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迷惑メールが多すぎて処理のため更新できません

各位
11月20日頃からプロバイダーより与えられた生アドレス宛に迷惑メール
が一日数十件も殺到して困っています。個人としては多いほうです。
このメールの削除作業だけで、わずかな自由時間が潰されて記事更新
ができません。閲覧者の皆様には大変心苦しく思っています。
とりあえず、本日から
ウイルス防止ソフト(ソースネクスト社ウイルスセキュリティ)についている
迷惑メールブロック機能で、まったく聞いたことのないドメイン名のメールは
「ドメイン名ごとブロック」、ドメイン名が聞いたことのあるメールは「メルアドで
ブロック」としています。でも果たして効果はあるのでしょうか。

最終的にはプロバイダーに相談して生メルアドを変えてもらうことしか
出来ないのでしょうか。
皆様の経験・知恵がありましたらお聞かせください。

悩める2000円マスターより

追記12月1日からようやく迷惑メールがブロックされ始めたようです。
更新を急がないといけません。


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大峰奥駈コースをマスターは征く8 行者還岳 避難小屋(画像復旧)

さて、相変わらず道は険しい。
長い岩場のくだりを過ぎると、登山道脇に水場が整備されている。
ここでまた水補給。どこでテント泊になろうと一晩は充分だ。
FI2621913_1E.jpg

やがて西日に照らされた行者還岳避難小屋に到達。
まだ作られて一、二年しか経ていない様子。
下手な営業小屋より立派である。


内部もご覧のとおり綺麗で、防雪構造になっている。
小屋の左半分は、管理人が常駐できるように
設計されている。
トイレもついており、外から直接利用できるように
なっている。

本日は晴れているので、このまま日没まで
歩き詰め、日没時点でテント設営とする予定。

FI2621913_2E.jpg

やがて行者還トンネルの上部で日没。
しばらく歩くと、窓も扉も壊されたコンクリートつくりの廃屋が見える。
中では、二人組みがヘッドランプを付けて作業をしている。
声をかけると、昨日山上ヶ岳で、「テント」を張っていた二人組みだ。
「せっかくだから泊まっていきなさい。」との声に甘えて、
この避難小屋に宿泊を決意。

気温はドンドン降下して、またもや氷点下状態となる。
昨日夜間に見たときはテントに見えたが、実はツェルトで、
昨日は大変寒かったそうである。

今日はそのツェルトは扉の部分に掛けてある。
マスターはテントのフライシートをだし、
破壊されたままの窓を持参のガムテープでふさぐ。
これで、ようやく室内が吹きさらし状態から解放される。

彼らは明日下山の予定だが、水の補給をしなかったので
水不足に陥っていた。

マスターとの間に「水交渉」が行われる。

マスターの水数百ccと引き換えに、彼らは私に
自分たちの持ってきたインスタントラーメンを調理・供出。
日本酒一合・大島産の「くさや」も焼かれて振舞われる。
たちまち廃墟内はアンモニア臭が漂う。

夜は彼らの準備した、紅葉を敷き詰めた床で熟睡。
(もちろんシュラフとシュラフカバー使用。)

紅葉敷く床で熟睡大贅沢



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大峰奥駈コースをマスターは征く7 大普賢岳 稚児泊 行者還岳(画像復旧)

女人結界を過ぎると、ようやくまともな縦走路を
示す道標が現れてホットする。
しかし、これはその後の「修行」の前触れであるとは
マスターは知らなかった。
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その後地図には現れないが、岩場・鎖場の連続である。
荷物を担いでいるマスターにとってコースタイムのロスが気にかかる。
相変わらず、人とは会わない。
天候は回復して、秋晴れとなっていく。



大普賢岳の頂上直前で中高年二人組みと合流。
和佐又口から登って来たと言う。
かくして、今山行では珍しい頂上写真を撮影。
「もっとにっこりして。」と撮影時に注意を受ける。
写真撮影に慣れている人なのかも知れない。
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天気晴朗だが、風が強く体感温度は相変わらず
低い。雨具をヤッケ代わりに来たまま歩き続ける。

二人組みはまた来た道を戻るので、再び一人となる。
頂上からは大峰山域が見渡せる。
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南アルプス深南部のような山深さを感じさせる。
また急坂を下山すると「稚児泊まり」と呼ばれる鞍部に到着。
ここに小庵を結んで「稚児」さんを住まわせ
山伏たちは男色に耽ったのであろうか。
元祖「慰安所」?。
これも「世界遺産」です。
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七曜岳へと向かうと和佐又山方面がよく見える。
うそみたいな岩峰で、一般登山道がついているのが
不思議である。
もちろん、鎖・岩場の連続だそうである。
ちょっとお目にかかれぬ山である。
この山を眺めるだけでも来る価値はあると思う。
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落ち葉踏む音さえ静か一人山

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