進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

こんな映画を観た「ブリキの太鼓」

公開当時、主人公オスカルが太鼓を叩くと
物皆壊れるシーンから、オカルト映画と誤解して
紹介した雑誌がありました。

もちろん原作つきの立派な作品です。
言うまでもなく主人公オスカルが「自らの意思で
成長を止め」、大戦末期ドイツの負けが確実になると
「再び成長を始める」というのは、
ドイツの民主主義の成長をオスカルになぞらえたものです。

戦時中、小人芸人の一座に加わり戦地を慰問して
ふるさとで一座から別れるとき、座長が
「これからは我々小人は大人の言いなりになっては
いけない。」と別れの言葉を送ります。

もちろん「小人」や「大人」が誰を指すのかは
お分かりでしょう。

ダンチヒから列車で西ドイツへ向かうラストシーンが
心に残ります。

これも映像的には冒険をしてない映画なので
蓮實先生はバツをつけています。

蜜柑むく指にしわが増えている

(前記事「泥の河」と同時上映)



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こんな映画を観た「泥の河」

某批評家に「減点法ならば満点」と言わしめた映画。
つまり、「悪くはないけど冒険はない。」
小栗監督のデビュー作です。
まだ「昭和30年代」にノスタルジアを持っていない
時代の作品です。
「三丁目のナントカ」に感動した方は、迷わずに
この作品もレンタルしましょう。

どう考えても貧乏の真っ最中は希望が持てないのに
人はどうして過去を美化したがるのでしょうね。

「月光」よ静かに流れよ寒の入り

(1982年7月5日テアトル吉祥寺)


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12/2 1:00~12/2 7:00 メンテナンスのお知らせ 追記あり

[関連したBlog]
Doblog編集部よりお知らせいたします。

12/2 1:00 ~ 12/2 7:00 の6時間、メンテナンスを行います。
急なお知らせとなりまことに申し訳ございません。
メンテナンス中はBlogサービスを使用することができません。

■メンテナンス予定時刻 2007/12/2(日) 1:00 ~ 2007/12/2(日) 7:00 [6時間]
 データベースサーバーメンテナンス

ユーザーの皆様には大変ご迷惑をおかけ致しますことをお詫び申し上げます。
今後とも Doblog をよろしくお願い致します。


日曜早朝とは夜更かしをしているユーザーも多いはず。
早朝更新のユーザーにもキツイです。
もう少し何とかならないのでしょうか。

日曜昼のアクセス状況によってはまたダウンするということでしょうか。
せめて月曜早朝にイジッてもらいたい。

追記
どうやら土曜午前11時過ぎからまた、入りづらくなりました。
記事を早めに書き上げたので明日の朝まで休んだほうが
正解でしょう。



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メタボとウエストサイズ

[関連したBlog]

過日、昼食の折そのまんま「メタボ」の方と一緒のテーブルに座った。
話が「メタボ検査」に及ぶと「あれは多すぎ」という。
大体ウエストサイズより5cm長く計測されるようである。
計測場所が違うのだろう。

それよりもその人が恥ずかしかったのは、
計測値を大声で読み上げられたことだそうである。
マスターの計測時には待っている人はいなかったが
その人の場合は、後で待っている人がいて、声が
筒抜けだったようである。

暖冬の予想外れし手袋出す



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【画像再設定・追記あり】11月の努力目標

皆さんお元気にお過ごしのことと思われます。
11月となりました。

FI2622259_1E.jpg


イメージはアフリカ南端喜望峰の写真です。
某システムインテグレーダさんの法人向けカレンダー
の似た画像を使用しました。
今月もマスターは2000円札の広報マンとして活躍します。
皆様、どんどんこのブログの存在を知らない人達にもお声をかけて
2000円札活性化のお手伝いをお願いします。

おかげさまで当ブログもアクセス数が増え続け
延べアクセス数が21万件を超えました。
お立ち寄りいただいた皆様に、改めて感謝いたします。


今月の目標

ここしばらく、マスターは多忙が続きます。そういうわけで
「二千円札サーチ」は中止させていただきます。申し訳ありません。
代わりに二千円札に関する情報をお持ちの方、積極的にコメント・
トラックバックをお願いいたします。
お礼に、特に断りがなければ、Doblogユーザなら、ブックマークを
他のブログ・サイトの方はリンクをさせていただきます。
よろしくお願いいたします。 
 

記事の内容に関係なくても、最後は自作の俳句で締めます。  
 (例外記事もあります。ご了承ください) 
 最近、句会に投句していません。選句発表は休止します。

なお、コメント・TBを不快に感じた方は、当方に無断で削除してかまいません。
それから、 このブログの趣旨に合わないと判断したコメント・トラックバックは
無断で削除いたします。迷惑系、広告・宣伝系(アフィリエイト)
の事です。ご了承願います。


暮早し洗濯物を慌て取る
2013年8月10日追記
アクセスが確認され画像復旧、リンク切れ削除
俳句一部書き換えをしました。
何の「多忙」なのか今となってはわかりませんが
サーチを休むとは尋常ではないことのように思えます。
他のSNSにアップすると読者が混乱するので
今回はしません。

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TRICK トリック -劇場版2-のロケ地 東京都荒川区東尾久(画像復旧)

さて、マスターがかってすんでいた界隈に
出かける機会があり、早速撮影しました。
尾久1

冒頭にでてくる仲間由紀恵が住んでいる設定の古アパートです。
映画のラスト近くでは更地になっていますが、
あれはCGでしょう。現存しています。
一階部分はシャッターが下りています。
かって一階は車庫でした。
尾久2

アパートを横から見たところです。
ここにもシャッターが。
マスターが近くに住んでいたころは
ここは一階部分に小型トラックが数台置いてあり
近所の工場相手の運送会社だったと記憶しています。
たぶん二階は従業員寮だったのでしょう。

撮影中、旧知の人に出会いました。
昨年はこのアパートで火事のシーンを撮影したそうです。
屋根の一部を本当に焼く大掛かりな撮影だったそうです。
どのドラマ・映画で使用したかはわからないそうです。
なお、屋根は撮影後修復したそうです。
尾久3

アパート前から、尾久橋の下を通して
かっては競泳用ボートの造船所だった
マンションを望みます。
向かって右側ワゴン車が停まっているあたりに
阿部と仲間の乗ったパブリカが停まっていました。

橋の下は暗く、トラックが停まっている左側には
公衆トイレがあり、あまりよい場所とはいえません。

ロケに来た阿部も仲間もさぞかしがっかりしたでしょう。
尾久4

アパートの裏側はかって大家さん宅と
つながっていました。
いま、その大家さん宅が貸しスタジオになっている
ようです。

それで、この界隈の下町風景がロケに使われるのでしょう。

どうゆう理由で運送屋から貸しスタジオに
宗旨替えをしたのかは知りません。
家族にギョーカイ関係者でもいたのでしょうか。

木枯らしの吹く此処は今でも「三丁目」
トリック -劇場版2 [DVD]トリック -劇場版2 [DVD]
(2006/12/15)
仲間由紀恵阿部寛

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三島由紀夫没後37年 あの日あの時 憂国忌(画像復旧・追記あり)

Wikipediaを開いたら、25日は「三島の命日」と書いてあった。

37年前のあの日あの時を思い出す。

11月も後半の仙台は肌を刺すような寒さだった。
その日は小学校の合唱班の練習があって、
普段よりおそく夕暮れの午後5時近くの帰宅となった。
玄関を入るなり母が、
「アンタ!三島由紀夫が自衛隊に押し入って切腹したんだよ!」
と叫んだ。

当時小学校5年生だったマスターだが、父が三島と同世代で
ファンでもあったので、三島作品は家庭内にゴロゴロあり、
三島の名前も作品も勿論知っていた。

余談だが、後年マスターと同世代の文芸評論家たちは
「三島事件の時は子供だったので記憶にない。」と皆が言うので驚いた。
マスターは早熟だったのだろうか。

テレビを見るといつもは子供向き番組の再放送の時間なのに
スタジオで大人が何人かで深刻な表情で座談会をしている。
今思うと、三島と関係のあった文学者やジャーナリスト達であろう。

ニュースで三島の遺体が自宅に運ばれた映像を観た母が
「棺おけの中の遺体は、首が切れているんでしょう。気持ち悪い。」と呟いた。
マスターとしては、遺児たちがマスターより幼いのが気に掛かった。

翌日、登校すると「朝日新聞」を持ってきた級友がいた。
例の「生首写真」のスクープが掲載されていたものである。
(東京では夕刊にのったそうだが、仙台では全国紙の夕刊は
販売されていないので、翌朝廻しになったのだろう。)

学校の教師たちは特に事件に触れなかった。
小学生には難しすぎる事件と判断したのだろう。

父は仕事柄か徹底した自殺反対論者である。
その後父は三島作品を読まず、三島を語ることもなくなった。

かって「三島由紀夫文学館」のサイトには、
この日の思い出を書き込めるコーナーがあったが、
今はなくなったようである。ちょっと残念だ。

FI2622284_1E.jpg
残されし悲しみ思わぬのか憂国忌

2011年6月4日追記
拙ブログに「自殺」を検索してアクセスした方を確認しました。
どの記事にアクセスしたかはわかりません。
念のため「自殺」の語が入っている記事で、
未修整のものを順次修正していきます。

拙ブログに「自殺」でたどり着いた方へ。
まさかと思いますが、「自殺」だけは思いとどまってください。
必ずだれでもよいから相談してください。道は開けます。

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【再設定・追記あり】宇宙少年ソラン 遊星仮面 スーパージェッター(動画へ差し替え)

カラオケで子供時代のアニメの主題歌を歌うとき
この三曲を選ぶことが多い。

ディスプレイに写る当時の作品は
現在のアニメに比べれば遥かに稚拙なものだが
当時はそんなものだと思っていた。

これらの当時のアニメの主題歌には
「科学礼賛」「平和」「反戦」といったメッセージが
込められていたのを、長じた今歌うと感じる。
「今日も守ろう僕らの平和」(宇宙少年ソラン)



「科学の夢が伸びていく」(スーパージェッター)




歌いだしにいきなり「戦争は止めろ!」とシャウティングする主題歌もあった。
(遊星仮面)



これらの歌の作詞者は大正から昭和一桁の生まれ。
年長者はもちろん参戦。下の世代でも
参戦こそしなかったが、戦時下を知っている世代である。
自らが体験した「戦争の時代」を次世代の子供たちには
体験させまいという思いがあったのでは、

それらが、性格上どうしても戦闘シーンの多いこれらの
アニメを作ることへの後ろめたさを帳消しにする効果が
あったのかもしれない。

当時は、「原子力」「宇宙開発」「電子計算機」が
科学技術のキーワードだった。

今の仕事場でさえも
マスターの先の世代にも後の世代にも信じてくれないのだが
中学一年の数学の最初の教材は「集合論」であった。
生徒はもちろん教える教師のほうも
「電算機に役立つらしい。」といった理解度で教え、教わっていた。

子供がいないので、今のアニメの主題歌は知らないが
「次世代へのメッセージ」でなく、本編と関係ない
恋愛テーマや形而上的な歌詞ではさびしいと思う。


科学技術の点でも、「原子力」も「宇宙開発」も
ばら色の未来ばかりでないことがわかり、
同世代でカルト・神秘主義に走るものが続出した。(オウムの幹部たちを見よ。)

今宵も「反戦」と「科学の未来」を念じてマイクを握ろうか。

行く秋や未来の夢が黄昏る


2010年4月29日追記
YouTubeで適当な動画を発見しました。
画像を差し替えます。
2014年6月30日追記
「遊星仮面」でのアクセスが確認されました。
動画サイトがすべてリンク切れになっており
再設定します。

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こんな映画を観た「オリエント急行殺人事件」

かのアガサ=クリスティーの代表作を
米国のシドニー・ルメットが監督しました。
製作当時の名男優・女優がそろい踏みです。
公開はマスター高校一年の夏だと記憶しています。

ユーゴの山岳地帯で雪で立ち往生している
オリエント急行内で、米国の富豪が殺されます。

さて、犯人は・・・・。
というわけで、乗り合わせたポアロ氏の推理が冴えます。

ルメット監督はあるときは速いテンポで、そして
出演者たちの尋問シーンでは長廻しをと
緩急自在なカメラワークを用い観客を飽きさせません。

これからは余談。
マスターは原作未読ですが、犯人は知っていました。
大学時代、弘兼 憲史氏(間違っていたらごめんなさい。)の漫画で
登場人物が犯人をあっさりとばらしていたのを
読んでしまったのです。

「ミステリーの結末は夫婦でもしゃべってはいけない。」という
箴言を氏は知らなかったのでしょうか、
楽しみが減ってがっかりしたことを覚えています。
(初見 レンタルDVD)

物置を整理奥のストーブ出す。


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仙台土産、歳暮品(画像復旧・追記あり)

この時期になると、両親は全国の世話になった
皆さんへのお歳暮を贈っていました。
30年くらい前は父の意向で
「かき徳」
の生牡蠣と、

FI2622281_1E.jpg


佐々重」
の仙台味噌のどちらかを送っていました。
FI2622281_2E.jpg

特に、生牡蠣はコールドチェーンのない当時は
高価な冷蔵配送で送っていたものです。

’70年代までの仙台の味覚といえばそんなところでした。

しかし、マスターは上京後ある事実を知ります。

東京育ちの友人宅に遊びに出かけたところ、
その友人の母親が
マスターさん。仙台の人はあんなに辛い味噌汁を飲んでいるの。」
とたずねられました。
以前、そのお宅で仙台味噌をもらい味噌汁に使ったらとても辛くて
結局その後は使わなかったそうです。

マスターは「確かに仙台味噌は辛いです。そこで仙台の人は
味噌の量を少なめにして味噌汁を作ります。」
と答えました。

どうやら、他の地方の味噌はそれほど辛くないらしく
仙台味噌もそれらの味噌と同量に入れてみたようです。

おそらく、同じような経験をしたご家庭は多くあり、
その家では「仙台味噌は塩辛くて食べられたものじゃない。」
と思ってしまっているでしょう。


ここにも、仙台人自身が気づいている「宣伝ベタ」が顔を
覗かせています。

牡蠣も同様。
内陸県出身者や、衛生に敏感な人を中心に
生牡蠣・加熱牡蠣を問わず、忌避する人が多いのを
上京後初めて知りました。
「不気味」「危ない」「自身や知人に中毒になった人がいる」
という理由です。


父の心尽くしが、先方では有難迷惑になってしまったのでは
ないかと思います。

生牡蠣があれば嬉しき夕餉かな


2012年3月28日追記
「かき徳」はサイトをご覧になればおわかりのように
震災後は以前の盛業を取り戻していません。
つらい日々が続いています。
牛タンなど無くなっても良いから、「かき徳」の復活を願うばかりです。

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近所の飼い猫ミーちゃん3

[関連したBlog]

ミーちゃんの近況です。
日向ぼっこをしています。
最近、とみに身体が弱くなり、歩き回らなくなりました。
毛づくろいも自分ではできなくなり、
飼い主さんや近所のファンがブラッシングや身体を洗ってくれています。

前半生は野良猫として過ごしたミーちゃん。
子供を沢山生んだそうですが、市街地ゆえ
多くの子供たちは交通事故などで、すでに短い生涯を終えています。

一転して、後半生は迷い込んだお宅での餌付けが成功して、
飼い猫として皆にかわいがられました。
老境に入り、今までの「波乱万丈」の生涯を振り返っているのかもしれません。

数々の生死想いつ日向ぼこ




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