進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

9月の努力目標

皆様元気にお過ごしのことと思われます。
さて、下記イメージは新内閣の記念撮影が行われる首相官邸の階段です。組閣

旧官邸と違い、そっけないし、エスカレーターも邪魔な気がしますが
致し方ないでしょう。
鳩山
皆さん、揃われたようです。
細川内閣と違い「連続性」をアピールしたかったのか、
前例を踏襲したようです。
新内閣の寸評はこちら

前ブログから引越して早半年。
現在、一日新規一記事・補修一記事のペースで書き込んでいます。
9月25日時点で2004年11月13日付まで補修済です。
なお拙ブログの性格上、画像がないと理解・納得できない記事が多いと思います。
「この未補修記事の画像を見たい。」という方は左記メールフォームか、
該当記事にコメントをつけてマスターにご一報願います。
連絡に気付き次第画像を貼り付けます。

今月もマスターは2000円札の広報マンとして活躍します。
皆様、どんどんこのブログの存在を知らない人達にもお声をかけて
2000円札活性化のお手伝いをお願いします。
アクセスログで調べると各種サーチエンジンで「2000円札」と検索すると、
拙ブログが上位に出てくることが多いようです。

そこから拙ブログを閲覧していただく皆様には、この場を借りてお礼申し上げます。


「二千円札サーチ」はGoogleのブログサーチ機能を利用して、
効果のありそうなブログに書き込みを致します。
勿論、二千円札に関する情報をお持ちの方は
積極的に拙ブログにコメント・トラックバックをお願いいたします。
お礼に、特に断りがなければリンクをさせていただきます。
よろしくお願いいたします。 

なお、記事の内容に関係なくても、最後は自作の俳句で締めます。 
 (例外記事もあります。ご了承ください) 
 最近、句会に投句していません。選句発表は休止します。

コメント・TBを不快に感じた方は、当方に無断で削除してかまいません。
逆に、 このブログの趣旨に合わないと判断したコメント・トラックバックは無断で削除いたします。
迷惑系、広告・宣伝(アフィリエイト)のみのサイトの事です。ご了承願います。

メールはサイドバー上のフォームからお願いします。

※なおブラウザがFirefoxだと、拙ブログは画像が見られない場合があります。
  この記事ですと「首相官邸の階段」が見えるはずです。
 もし画像が見えなければIEを利用願います。

観月の宴に沈むなまつりごと

スポンサーサイト

PageTop

仙台で携帯を買い換える

自転車で「ザ・モール」そばのドコモショップに出かける。
マスターの担当は国仲涼子似の若い女性。
マスターの濡れ携帯を調べるなり。
「残念ですがこの携帯は治りません。」と死亡宣告。
「データを取り出すサービスがありますが、数日掛かり、原機は破壊されます。
それでも、データは全部取り出せるかどうか判りません。
費用は5000円くらいです(正確な費用はマスターが忘れました。)
もしデータが取り出せないときは費用は無料です。ただし原機は戻りません。
マスターさんの場合、仙台に所用でこられているのですから、一旦
千葉に帰られてからデータ取り出し依頼をされて、今新しい携帯を
購入されたほうが良いでしょう。」と言われる。

もとより、そろそろ買い替え時期と思っていたし、こういう事態なので
勿論新しい携帯を買う。

今回に限らず、趣味の山登りの関係上、防水機能がある携帯を選ぶ。
イメージ参照願います。それからリンクも。
携帯

「おや、ワンセグがついているんですね。」
「今のケータイでは普通です。」
「この時刻合わせ機能は?」
「時報の電波を受けて自動的に修整します。従い一番正確な時計です。」
(この時この機能が後に役立つとは思ってもいなかった。)

国仲嬢の応対は終始適切であり、商品知識も豊富で
マスターは安心して買い物ができました。

FOMAカードを壊れ携帯から差し替える。
住所録の多くはカードに保管しており助かった。

これからしばらくは人の出入りが予想される。
向かいのモールにてまた買い物を済ます。

秋雨を心配しつつ家路つく

PageTop

母の状況一服

朝を迎えた。母は相変わらず穏やかなイビキを立てている。
隣家の内科医が往診。
「今日はなんとかなるでしょう。」。
やがて主治医も往診。「症状は落ち着いています。きっと皆さんが
駆けつけてくれたので安心して、気力が回復したのでしょう。仕事などを
抱えている人は一旦外出しても大丈夫でしょう。」と述べる。
その言葉を受けて大叔父・叔母などは一旦退出する。

マスターは勿論家にいて相変わらず雑用をこなす。
食器を洗っているとき、胸ポケットに入れている携帯を
タライに落としてしまう。
すぐに引き揚げる。過去4年間使用した携帯である。
山中ではもっとハードな目に遭っていたので、
「今回も大丈夫」と思って、軽く拭いたあとスイッチを入れる。
ディスプレイが真っ黒なまま。・・・。

勤務先との定時・不定時の連絡は携帯を使用しているので困った。
電話帳で近くのドコモショップを探す。
「ザ・モール」のそばなので、昼食のあとモールへの買い物がてら出かける。

爽空よ一日でも続いてくれ

PageTop

母の横で夜明かし

23時をまわって生家に到着。
すぐに母の眠る寝室に向かう。
軽いイビキをいつものように立てている。
(鼻炎持ちなのでイビキは以前からしていた。)
容態を聞くと、前日までは少量ながら食事をしていたが
今日からは昏睡状態が殆どの状態で、食事はしていないそうである。
父はいつもの通り、母の隣室に寝る。
マスターは二階のかってのマスターの居室をあてがわれるが、
やはり母の事は心配である。
居室に連れ合いを残し、マスターは母のベットの脇に
布団と毛布を持ち込み、夜明かしをすることにする。

他に宗家の大叔父、父の妹(マスターの叔母)も姿を見せていた。

母の容態は特に異常ははなく、静かなイビキ音と共に朝を迎えた。

鈴虫と母の寝息が身を包む

PageTop

机の上の携帯電話

母の容態が思わしくないことを月曜日出勤後、上司に報告。
万一の場合は早退することを許可を得る。

その後、父から電話があり食事も少し食べたりしたそうで
「これは『呼び出し』はなく、当初予定通り連休に見舞いが
出来るのでは。」と楽観視した。

しかし、それから幾日も立たない夕方、机上の携帯に
着信と留守電が入っているのを確認。再生する。

電話は父からで「先ほど主治医の往診を受けたが
『この状態だと、今夜か明日早朝が危ない。』と言われた。
早めに帰省するように。」という内容だった。

早速、上司に報告。仕事は念のため前倒し進行をしておいたが
携帯のほか、生家の電話・ファックスなども伝え、いつでも
連絡が取れるように段取りをつける。

連絡が定時退勤時間ギリギリだったので、
結局普段と同じ退勤時間となる。

自宅に帰宅。すでに帰宅していた連れ合いと共に慌てて荷造り。
再び都内に戻り、最終一本前の仙台止まりの新幹線に飛び乗る。

危篤の報窓の外は秋の夕

PageTop

白洲次郎第三話

待望の最終回。
早速デジカメを構えて鑑賞。
でも、撮り所がわからない。「ヤマ場」が見えないのである。
病気で撮影を遅らせた原田茂は
サリー文麿の重厚さとは比較にならずシラケルだけ。

徴兵逃れのあたりから
いわゆる「白洲本」とは一線を画した演出・脚本には好感がもてる。

もっとも白洲本では本人は「ラスプーチン」呼ばわりには激怒したそうで、
ドラマの「深夜家人が休んだ邸内で密かに涙する」というオセンチシーンには鼻白む。

最終回が重厚さに欠けたのは、スタッフだけが悪いのではないと思う。
「戦前」と「戦後」の違いもあるだろう。

ともあれ白洲役の伊勢谷さんは本当にご苦労様でした。
「男が嫉妬するカッコよさ」の持ち主ですので、
これからも苦労するでしょうが頑張ってください。

様々に衣装を換えしこの国は

PageTop

世襲・カネ・コネ去れば残るは東大出?

さて、予想よりスムースに動き始めた鳩山政権。
マスコミは理系首相を囃しているが、もう一つの変化をあえて無視しているようだ。
宮沢喜一氏以来途絶えていた東大出の首相復活。

そして、残る連立二党の党首も東大出。
大臣にも有名国立大出身者が多く、まるで佐藤栄作内閣を思わせる布陣である。
マスターが思ったことを「週刊朝日」は先に書いた。残念。

世襲議員は3名のみ。一人は旧社会党系だが、
なぜ社会党に「世襲」が発生するかはそのうち別記事で述べよう。

さらに法曹人の議員・閣僚が多い。

今の世の中、「成果主義」「実力主義」を本気で信じる
おめでたい人は社会人には少ないだろう。
現実には民間でも「カネ・コネ・世襲」がかえって幅を利かせている。
何もない「年収200万円組」は悔し涙を流すだけだ。

その中で「カネ・コネ・世襲」が利かない世界は、
有名所では「国立大学入試」と「司法試験」位か。

勿論「東大出」や「弁護士」が威張る社会もごめんだ。
でも「カネ・コネ・世襲」を排して、「それなりの人物」を選んだら
こうなったのだろう。

自民党が自壊し、若者を中心とした一般国民が希望を持てない社会になった現在。
皮肉にもかって「廃止論」を謳われたこの二つの試験出身者だけがマトモに見られている。

この状態は「末は博士か大臣か」と言われたはるか昔より問題だと思う。

秋空よはるかに高く吼えあがれ

PageTop

マスターが外国人のフリをしてしたいこと

さて、国内編・海外編を終えるにあたって、やってみたいイタズラを披露。

どこかの客の少ない寿司屋・居酒屋にマスターを含めて二、三人ではいる。
カウンターで落ち着いたところで、他の一人が
「ところで今度の休みはドイツに帰るの?」とフル。
そこで、カウンターの向こうのオヤジが
「イヨ!ヤッパリそうでしたか!実は店に入ってきた瞬間から
日本人じゃないと思っていたんだよ。」と乗ってくるだろうか。

もし、乗ってきたらあとは適当に「クヒオ大佐」を演じればよい。
第一次大戦のチンタオの戦いの捕虜で、日本永住の道を選んだ者の
末裔とか。今でもドイツの親戚と付き合いがあるとか
いろいろ適当な話を作って、その場を取り繕う。

誰かノッテくれる人はいませんか。御代はワリカンにしましょう。

いろいろとありし人の進む路


追記
念のため「クヒオ大佐」をググッたらなんと、新作映画でご登場とは驚いた。
モデルの結婚詐欺師は亡くなったのだろうか。
被害に遭った女性たちの了解は得ているのであろうか。
コメディータッチということで、かえって余計なことが気になる。
公式サイトをご覧ください。

PageTop

マスターは外国人に間違われる

韓国。天安市。
1993年の1月。マスターはこの地に立っていた。
一緒に旅行していた友人と、天安市中心街を歩いていると
向こうから「韓国風ヤンキー兄ちゃんたち」がやってきた。
そのうちの一人がマスターとすれ違う瞬間。
マスターの顔を覗き込みながら
「ハロー。ABCD!」とニコニコしながら叫んで立ち去っていった。

「どういう意味なんだろう。」というと、友人は
「アンタがアメリカ人に見えたから、からかったのじゃないの。」
と答えた。

余談だが、その時入った本屋。
若者向けのエロ雑誌をのぞくと、その時点で10年位前の
川島なお美や浅野ゆう子の水着写真が、
おそらく日本の雑誌からの無断コピーでグラビアを飾っていた。
題名はハングルで「日本の素敵な女子大生特集!」とあり、
彼女らの写真には適当な名前やプロフィールが添えられていた。
あまりのアホらしさに購入して、日本に持ち帰ったが、
その後紛失したか処分したようで、今手元にはない。

ゆったりとゆれるすすきの穂先かな


PageTop

マスターは外国人に間違われる4

1991年。「バブル崩壊は不動産業界だけ」と日経が垂れ流していた頃、
マスターはシンガポールへ向かった。

現地で行動を共にしたのは、学校時代の知人のU君。
(もっとも彼はシンガポールに駐在していたので、
マスターに付き合うのは彼の休日だけであった。)

タイガーバームガーデンを彼と一緒に見物することにした。
かれは「タイガーバームの創業者は日本嫌いで、最初香港に住んでいたが
日本が日中戦争で香港のそばまで迫ったので、シンガポールに脱出した。」
と解説をガーデンへの道中してくれた。

入り口の東屋で入場券を買い求める。
引き換えにパンフレットをくれた。英文である。

「なーるほど。創業者の遺志をついで、人気観光地には必ず用意してある
日本語パンフは用意していないのか。」と彼の説明を聞いた直後なので納得。

ところがU君は日本語版パンフを持っているのではないか。

要するに、マスターは日本人には見えず、U君は日本人に見えただけである。
負けず嫌いのU君は「ヤッパリアンタはねー」とその場は威張っていたが、
後に共通の知人に聞くと「何でアイツが英語版で、アイツより英語が出来る俺が
日本語版だったんだ。」と怒り心頭だったそうである。

なお、「英文パンフ」が見つかったら、追加アップするなり、記事を書くなりします。

なお、この記事を書くため下調べをしたところ、現在同園は入場無料である。
その理由と同園の写真を見たい方は下記のリンクをクリックしていただきたい。

 ハウパーヴィラ 虎豹別墅 HowParVilla

エキゾジズム人にも宿るか常夏国 
    

PageTop

マスターは外国人に間違えられる3

1986年マスターは勤務先の夏休みを利用して韓国へと旅立った。
その年、韓国はアジア大会、二年後はソウルオリンピックを控えていたが、
マスターの周囲の反応は「独身だからこそ楽しめるんだね。うらやましい。」
とか「反動軍事独裁政権にカネを落とすとはけしからん。」とハッキリいう人もいた。

何度も言うが、90年代後半からは、美容・買い物・韓流からみで
女性観光客が多く訪れる国になった現在とはやはり隔世の感がある。

慶州国立博物館(日本語版あり)を訪れる頃には、ソウルの市場で買った韓国の
ブランド物に身を固め、韓国人から「おや、こちらで服を買われたのですね。」
といわれるようになった。

展示されていた土器類(サイトでも見られます)には、米作・貯蔵をしていた証拠に
土器の底に米の跡がついていたところを拡大して見せていた。

隣で見ていた中年女性たちは日本人ツアー客であったようだ。
米粒跡の意味がわからないらしく。「なんだろうね。この意味は。」と語らっていた。

マスターはつい同じ日本人として
「あ、それは米粒の跡で稲作をしていた証拠です。日本でも弥生時代から
米作が始まったでしょう。その事を学校で教えますよね。
それと同様に韓国でもこの土器が作られたころから稲作を始めたのです。」と
「解説」をしてあげた。

女性たちは、暫しポカンとして、そのあと一人が「詳しく教えていただき有難う
ございました。」と述べた直後、そそくさと展示順を無視してその場を立ち去った。

マスターも暫しぽかんとした後、気が付いた。
「ひょっとしたらマスターは『日本語の上手い韓国の若者』と思われたのか。」
それから彼女らがツアーバスの中でどういう会話を交わしたかは
当時の対韓感情から容易に想像できた。

余談
慶州の銀行で両替をした。
マスターがパスポートを見せると、当時は韓国人の観光出国は許可されていなかった
ので、珍しいのか若い女子行員全員が集まりマスターのパスポートを眺め、そして
代わる代わる手にとって眺めた。

韓国が海外観光旅行を解禁するのはそれから二年後ほどのこと。
彼女らの何人かは新婚旅行で「自分のパスポート」を手に携えたであろう。

暑き日の白昼夢か慶州の旅

イメージは慶州・韓進旅館の中庭のマスターです。
マスター2




PageTop