進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

11月の努力目標

皆様元気にお過ごしのことと思われます。

「8・30」から二ヶ月が経ちました。
「新政権」も結構ボロが出てきているのに、前政権のふがいなさはどうでしょう。
これは東京都A区の前政権党の掲示板です。
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本来なら過去記事のポスターがツインで張られているはずです。それすらも行われていない。
この選挙区は自民現職が民主新人に敗れ、「ただの人」になった「前職」は
党の集まりで「野党の浪人だから生活がどうなるのか不安がある。
党はポスターや冊子をたくさんくれるが、そんなのはいらない。現金でいただきたい」
と叫んで話題になったひとである。一方新総裁についてはご自身のサイトで
 「頭がよくて、温厚で、まっとうな人。内閣総理大臣に適した人だろうと思う。」
と述べているので、さっそく「たくさんくれるポスター」を貼れば良いのにと思います。
状況が変われば更新します。

前ブログ閉鎖にともない移転作業中です。
テキストは自動的に移行できましたが(それでも素人は大変。)
画像は切り離されて別ファイルで送られてきたので、張りなおしをしないといけません。
テキスト同様自動貼り付けフリーソフトがあるようですが、
信頼性がいまひとつのようなので、手作業で進めます。
現在、一日新規一記事・補修一記事のペースで書き込んでいます。
11月1日時点で2005年3月25日付まで補修済です。
なお拙ブログの性格上、画像がないと理解・納得できない記事が多いと思います。
「この未補修記事の画像を見たい。」という方は左記メールフォームか、
該当記事にコメントをつけてマスターにご一報願います。
連絡に気付き次第画像を貼り付けます。

今月もマスターは2000円札の広報マンとして活躍します。
皆様、どんどんこのブログの存在を知らない人達にもお声をかけて
2000円札活性化のお手伝いをお願いします。
アクセスログで調べると各種サーチエンジンで「2000円札」と検索すると、
拙ブログが上位に出てくることが多いようです。

そこから拙ブログを閲覧していただく皆様には、この場を借りてお礼申し上げます。


「二千円札サーチ」はGoogleのブログサーチ機能を利用して、
効果のありそうなブログに書き込みを致します。
勿論、二千円札に関する情報をお持ちの方は
積極的に拙ブログにコメント・トラックバックをお願いいたします。
お礼に、特に断りがなければリンクをさせていただきます。
よろしくお願いいたします。
 
なお、記事の内容に関係なくても、最後は自作の俳句で締めます。 
 (例外記事もあります。ご了承ください) 
 最近、句会に投句していません。選句発表は休止します。

コメント・TBを不快に感じた方は、当方に無断で削除してかまいません。
なお、迷惑系、広告・宣伝(アフィリエイト)のみと判断したサイトからの
コメント・トラックバックは無断で削除いたします。ご了承願います。

メールはサイドバー上のフォームからお願いします。

※なおブラウザがFirefoxだと、拙ブログは画像が見られない場合があります。
  この記事ですと「自由民主党広報板」が見えるはずです。
 もし画像が見えなければIEを利用願います。

秩父から冬の寒さが降りてくる

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くちなしの花

礼拝堂に着くと、追悼礼拝開始時刻まで30分ほどあるので、久しぶりに校内を見物した。
本館の裏側芝生の広場である。
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かっては芝生はもう少し段差がついていて、低い柵が張りめぐされていた。
今でも夏場は学生たちが芝生の上で週末の夜、守衛に促されるまで
持ち込んだ酒肴で宴会をしているのだろうか。
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過去記事で触れた図書館である。
右側のレンガ壁はなかったと思う。威圧的で意図がわからない。
図書館脇には荷物搬入用と思える門が作られていた。
大学紛争の残滓の関係で、校内への出入り口が制限されていた当時は考えられなかった。

現「壁」の向こうにはクラブの部室が入っているバラック小屋が連なっていた。
古くてどうしようもなかったが、過激派の偽装サークルもあったので、
大学側も手をつけられなかったようである。
さすがに現在は撤去されて校舎が建てられている。

元部室の前、教授たちの研究室棟の脇の水場は、注意書き共々健在だった。
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部室時代は、注意書きを無視してキャッチボールをしている学生をよく見かけた。
夏場はトレーニングのあと、女子学生の目を気にせず、この水場でトレパン一丁のまま
水浴びをして汗を流したものである。

水場の隣のクチナシの木。
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これも以前はもう少し大きい木だったように思える。剪定されたのだろうか。
汗を流したあとこの木の前で「クチナシの花」を口ずさんだことがある。
教授たちからよく文句が出なかったものだ。

となるとやはりあの歌の映像ですね。


学び舎の時計(とき)を夕日が隠しけり

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学生街の喫茶店

恩師の追悼礼拝に向かうために久しぶりに大学への通学路を歩いた。
角地にあるこのお店。
いわゆる「喫茶店」ではなく、30年前では珍しいカフェテリア型の店だった。
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外装は30年前と変わらぬままきれいだ。
おそらく手入れを続けているのであろう。
中に入る。コーヒー一杯200円。以前は100円前後だったはずだ。
インテリア・腰掛型の椅子席など昔日と同じままで、そのまま古びている。
柱に掛かっていた「落書き帳」はなくなっていた。
ネットの時代。掲示板サイトに書き込めば事足りる時代であると感じる。
客層は土曜午後とはいえ、学生より近所の中高年の姿が多い。
少子化と老人力の時代を感じる。
なお、この店は焙煎問屋に付属しているので味は保証済みである。
コーヒー以外のメニューは少なく、また客も頼まない。

本館と道路を挟んで向かい側の店。
恐らくオーナーが変わって店名も変わったのであろう。
かっては「フリーポート」という店名であった。
飾りベルをカラカラと鳴らして扉を開けると
すぐにテーブル数卓とキッチンの中二階と
黒っぽいフエルトで壁が覆われた、外観からは想像できない広い
地下ルームに降りるようになっていた。
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こちらは30年の年月を重ねている。
外装の改装もしていないのもすごいと思う。
なにぶん大学のそばで便利なので、二年生の頃から
待ち合わせや学友とのおしゃべりに良く使うようになった。
コーヒーはすっきりとして雑味がなかった。軽食も出していた。

ネットで知らべたらあら驚き、どうもマスターが出入りする直前までは
ジャズ喫茶だったそうな。あのフェルト地の地下室はその名残か。
※掲載写真では判らぬが「マルクスは生きている」という共産党のポスター。
こんなのが張ってあるのは学生街「らしい」ですな。

喫茶店ではないが古本屋。ここも一見30年前と同じたたずまいである。
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店内を冷やかす。
かっては、教科書や学部生レベルの専門書の中古書が雑然と積まれているだけ。
奥にある「三島由紀夫全集」が燦然と輝いて見えた。
今は勝手が違う、美術書中心の美観本が多い。
そういえば入り口で最近の雑誌をおいていたがなくなった。
この「夏目書房」をネットで調べると、やはり多角経営で
30年前とはコンセプトが変化している。生々流転。

やはりタイトルのヒット曲をお聞かせしましょう。
トミーを襲ったその後の悲劇を思うと意味深です。(紅白の画像らしい)

マスターはこの歌で初めて「ボブ・ディラン」の名前を知りました。

枯葉舞う来し「君」何処学生街

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来年で発行10周年 二千円札利用PR

 二千円札の発行から来年で10年の節目を迎えるのを受け、二千円札流通促進委員会(湖城英知委員長)は12月から来年1月まで流通促進強化月間として利用推進活動に取り組む。
湖城委員長=写真=と委員の水口毅日銀那覇支店長=同左=は25日、
琉球新報社で「守礼門を図柄にした二千円札は沖縄の歴史文化を県内外にPRできる。
県民が率先して利用してほしい」と呼び掛けた。
 二千円札の10月末時点の流通量は県内が前年比4・2%増の324万枚だが、
全国では同11・9%減の1億1800万枚で、大きく減少している。
4種類のお札の中でも二千円札の流通シェアは1・1%しかないという。(以下略)
-琉球新報よりー写真も


普及

という事です。沖縄では熱心に普及活動を行っています。
でも、ブログをサーチすると、「地元でもあまり見かけません。」という声が多いのも事実です。
全国でも1.1%というのですから、普及までの道程は遠いです。

この路を誰かが辿らん落葉踏む



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鎮魂歌

(前記事続く)
説教のあと、先生と生前親交のあった、二期会所属のテノール歌手
大川信之氏による独唱が行われた。(ピアノは安田裕樹氏)

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曲はバッハ ミサ曲 ロ短調より「ベネディクトゥス」
再びお祈りのあと
歌劇「トスカ」(プッチーニ作曲)より「星も光りぬ」、
「アメージング・グレース」と歌っていただいた。
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正面のステンドクラスから漏れていた陽光が、漆黒に変わる頃、追悼礼拝も終了。

場所を池袋「東明大飯店」に変えて、懇親会が開かれた。
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かっては下戸だった先生が酒を覚えたのは、大学紛争のときの
連日の「泊り込み団交」の時といった秘話が、同僚の先生方から披露された。
先生の人柄か、懇親会は終始笑い声が絶えず、
あたかも先生が上座で今もご機嫌に飲んでいるような錯覚に襲われた。
(写真は上座。先生の遺影のそばには奥様・チャプレン・同僚元教授らが
座られていた)

祈るとも祈らずともよし秋の暮れ

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韓国人チャプレンと「坂の上の雲」(長文)

(前記事続く)
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柳時京チャプレンは、恩師との出会いから話し始めた。
「先生とは僅か数年の付き合いですが、逆に亡くなってからのほうが
身近に親しく感じるようになりました。」と宗教人らしい話をしてくださった。

次に意外な恩師とのエピソード、そして日本観を披露し始めた。
「先生と奥様と三人で話しているとき、奥様の話を時々先生が『ゾクナコトヲイウナ。』
といって叱りました。私はその言葉の意味が判りませんでした。
今年の夏、私は松山である会合に参加しました。
松山市内はこんどテレビで放送される「坂の上の雲」のポスターで一杯でした。
『折角この街に来たのだから』と、私は松山空港で原作の文庫本の一巻目を
買いました。飛行機の中で読んでみて面白かったら続きを買おうと思っていました。
さて、飛行機で読み始めると実に面白い。明治の日本の人たちが、大きな西洋との
文物の差をいかに埋め合わせよう。そのためにはどうすれば良いのかと考えていた
のか実によく理解できました。

そして、一巻目の中ほどまで読み進めた所、正岡子規が松山藩出身者のための
奨学会(勿論奨学金も出る)に入りながら、文学の話ばかりしているのを、
秋山真之が「俗な事を言うな。」と怒っているところがあったのです。

ここで、先生の「ゾクナコトヲイウナ。」という言葉の意味が判りました。
(そういってチャプレンは自ら持ってきた文庫本の該当文を読み上げた。)
帰京後、先生の奥様にその話をすると、実は先生は「坂の上の雲」が大好きで
何度も読み返していたそうです。その事で奥様から先生が読まれていた「坂の上の雲」
全巻をいただきました。(といって当初出ていたハードカバー本を掲げた。)
 先生は戦時中は海軍兵学校に在学していました。もし戦争がこのまま続いていたら
若くして天に召されたかもしれません。その若い時の体験と、戦後のギャップが
先生に何度もこの本を開かせたのでしょう。」と話された。

日本人の中にも
「原作は日本の朝鮮支配と直結していた日清、日露戦争の真実に触れていない。
韓国併合100年を翌年に控えた時期に公共放送での放映は理解できない」と
「指摘」する
人がいる。でも「当事者」の韓国人チャプレンの素直な感想を私たちは大切にしたいと思う。

勿論柳時京チャプレンは「親日派」ではない。
11月29日に行われる「演劇 尹東柱(ユン・ドンジュ)『空と風と星と詩』」の公演に
深く関わっておられる。
尹東柱
それゆえに、私たちはこの二つの国と人のかかわりを
「謝る、謝らない。」の袋小路で考えてはいけないと思う。
柳時京
上写真は柳時京チャプレン。


坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
(1999/01)
司馬 遼太郎

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(続く)

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恩師の逝去記念式

久しぶりに母校構内に入った。
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昨年なくなった恩師の逝去記念式(一周忌)のためである。
正門は少し校内に引っ込み、小広場が作られ歩きやすくなった。
マスターが在校時はまだ過激派の残滓もおり、こういう小広場は作れなかったのであろう。
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土曜午後にしても学生が少ないと思ったが、どうやら当日推薦入試があったらしい。
少子化のあおりを受けて「受験地獄」は解消されたが
「親がカネモチならばなんとかなる。」という風潮も見え始め、
「一番カリキュラムが厳しい詰め込み教育」世代としては複雑な想いである。

正門を入ろうとしたとき、突然、後から子供の声で
あの「白洲次郎」のドラマで使われた讃美歌が聞こえてきた。

振り向くと、立教小学校の児童たちが、
恐らく礼拝で覚えたばかりの歌を歌いながら下校していた。

校舎のアーチをくぐらず右折して礼拝堂へ向かう。

チャプレンは昨年の葬儀のときと同じ韓国から来た 柳 時京 氏である。
お定まりの祈祷・聖書朗読のあとの説教が興味深かった。

(続く)

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横浜 三溪園の猫達

三溪園に出かけました。詳細は後ほどアップします。
入り口付近で猫を三匹発見。
一匹目は入園口の外側にたむろしていました。
逃げ足が速く、写真撮影は出来ません。

すぐに二匹目の黒猫を発見。
こちらは触らせてくれました。
毛つくろいをしているところを撮影。
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入園口そばの茂みにも猫ちゃん発見。
お気に入りの場所みたいで、丸くなって寝ていました。
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チョッカイを出すと、起き上がってすくっとこちらを見つめます。
猫というよりトラのような雰囲気を感じさせました。
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園内では見かけませんでした。
入り口だと観光客から餌をねだれる効率が高いと踏んでいるのでしょう。

晩秋や耳をたてたる猫二匹

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のりピー

九州出身の同僚が帰省土産に買ってきた。「風雅巻き」という。
各種の豆を海苔で包んだだけのものだが、豆の歯当たりと乾燥した
上品な味の海苔がマッチして大変美味しかった。
特にピーナツ入りが気に入った。
風雅


また食べてみたいと思い、調べたところ、首都圏でもデパートで販売しているようだ。
勿論、物産展や通信販売も行っている。こんどは自分で買ってみよう。


行く秋や二羽の烏が舞い消える

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母の墓参 ジオン軍

母亡きあとはじめての墓参に出かけた。
東北新幹線くりこま高原駅に降り立つ。
ここは新幹線開通当初は田んぼの中を高架線が走っているだけだった。
しかし地元の陳情と、長谷川峻代議士の口添えで、新駅が作られた。
新駅予定地を視察した国鉄かJR幹部が
「こんな田んぼの中に駅を作るのか。」と叫んだそうである。
随行の現地技術者からマスターが直接聞きました。
そのためか、元の高架にはなるべく手をつけてない構造である。
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ホームは極端に狭い。でも宮城県北部の利用者がクルマで乗りつけて
新幹線で仙台・東京へ向かうのには便利だそうである。
仙台まで新幹線通勤・通学者もいるそうだ。

駅を降りるとイオンのショッピングセンターがあった。
これは知らなかった。前日のうちに花は買ったが、イオンで買い増す。

駅から菩提寺&墓地にタクシーで向かう。料金は2000円前後。意外と近い。
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さっそくつれてきたぬいぐるみたちと一緒に墓参。
栗駒山からの風が強く、線香に火がなかなか付かなかった。

なお、この墓地もそうだが、昨年の岩手・宮城内陸地震で墓石や墓名碑が
倒壊や折れたりしたそうだ。他の墓を良く見ると折れた墓名碑をつなぎ合わせたり
墓石をシリコン剤で接着しているのが多く痛々しい。
地震以降作られた墓は、西洋風の置石タイプが主流となったそうである。

ここでまたもやひと悶着。
一緒に来てくれた大叔母が
「さあ、ぬいぐるみたちをお墓に入れましょうか。え!入れるのでなかったのすか。」
あくまでもぬいぐるみを墓に入れたい親戚たちであった。

すぐそばの大叔父宅で休憩後、くりこま高原駅に戻る。
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駅の後ろに聳え立つのは、駅前ホテルである。
ここのレストランで昼食をおごってもらった。

マスターは地元産豚のソテー定食をいただいた。
千数百円だが、東京では二千円はするだろう。
レストランからは駅がよく俯瞰できる。お勧めである。

レストランに入ろうとエレベーターに向かったら
案内板があった。
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こんなところで密かに
「ジーク ジオン!」としているのか。

エレベータに乗ると驚きの張り紙が
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小型のザクでも出入りしているのか。
地球連邦軍は何をしているのだ! ザビ家の陰謀は着々と進んでいるのだぞ!


木枯らしが冷たくぶつかる母の墓

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ムラウチドットコム・にほんブログ村社長村内伸弘氏二千円大使に任命

タイトルのように、オンライン家電量販店「ムラウチ・ドットコム」、
ブログ連携サービス「にほんブログ村」を経営されている
村内伸広氏がこのたび二千円札大使に任命された。

氏はご自身のブログにて「11/4~7の沖縄旅行で再び沖縄に魅せられた僕は、
沖縄の誇る世界遺産・首里城の守礼門(しゅれいもん)が表の図柄になっている
2000円札を応援しようと決意しました。」と述べておられる。

氏は早速拙ブログを探し当て、丁寧なコメントを寄せていただいた。
恐縮の限りである。

東京・八王子の有力家電量販店の経営者の子息として生まれた氏は
現在、オンライン家電店とIT関連の業務を営んでおられる。

IT・家電経営両業界に影響力を持つ氏が、自ら二千円札普及に
取り組む事は、二千円普及運動にとって大きな援軍となるだろう。

皆さん家電は「ムラウチドットコム」から買いましょう。
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改めて村内氏に礼を申し上げます。

また一つ朗報来たり山紅葉

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