進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

4月の努力目標

皆様元気にお過ごしのことと思われます。

            高田松原

イメージは津波に被災した陸前高田市で、
松林中ただ一本残った松をイメージしたワッペンです。

父の死去・葬儀、直後に起こった東日本大震災。
マスターも栗原市で被災しました。
そのため毎日更新はできませんでした。
どちらの対応も続けないといけないので
「毎日更新」はしばらくできないと思います。
ご了承ねがいます。


前ブログ(Doblog)閉鎖にともない移転作業中です。
現在、一日新規一記事・補修一記事のペースで書き込んでいます。
fc2のアクセス解析機能を活用して、
移行後にアクセスが確認されたDoblog時代の記事をアトランダムに補修しています。
なお拙ブログの性格上、画像がないと理解・納得できない記事が多いと思います。
「この未補修記事の画像を見たい。」という方は左記メールフォームか、
該当記事にコメントをつけてマスターにご一報願います。
連絡に気付き次第画像を貼り付けます。


今月もマスターは2000円札の広報マンとして活躍します。
皆様、どんどんこのブログの存在を知らない人達にもお声をかけて
2000円札活性化のお手伝いをお願いします。

アクセスログで調べると各種サーチエンジンで「2000円札 入手方法」と検索すると、
拙ブログが上位に出てくることが多いようです。

そこから拙ブログを閲覧していただく皆様には、この場を借りてお礼申し上げます。


「二千円札サーチ」はGoogleのブログサーチ機能を利用して、
効果のありそうなブログに書き込みを致します。
勿論、二千円札に関する情報をお持ちの方は
積極的に拙ブログにコメント・トラックバックをお願いいたします。
お礼に、特に断りがなければリンクをさせていただきます。
よろしくお願いいたします。
 
なお、記事の内容に関係なくても、最後は自作の俳句で締めます。 
 (例外記事もあります。ご了承ください) 
 最近、句会に投句していません。選句発表は休止します。

コメント・TBを不快に感じた方は、当方に無断で削除してかまいません。
なお、迷惑系、広告・宣伝(アフィリエイト)のみと判断したサイトからの
コメント・トラックバックは無断で削除いたします。ご了承願います。

メールはサイドバー上のフォームからお願いします。

※なおブラウザがIE以外だと、拙ブログは画像が見られない場合があります。
 この記事では「高田松原の希望」の画像が見えるはずです。
 もし画像が見えなければIEを利用願います。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

花散りし枝の間よ日差し漏る

スポンサーサイト

PageTop

またもやの仙台入り

先週末も仙台へ出掛けました。
金曜日夜に東京駅八重洲口発、
途中の高速のサービスエリアで、東京ではまだ品薄の
納豆(土産用の藁入り水戸納豆)を発見。自宅用に買い込む。
途中、福島を過ぎてから事故のため通行止め。
一旦高速を降りるが、すぐに戻る。
予定より40分ほど遅れの仙台着。
仙台駅「緑の窓口」で帰りの列車の切符を買う。
福島までは在来線。そこから先は新幹線自由席である。

自宅へ向かう道すがらコンビニをチェックするが、
モノ不足は解消されたようだ。
もっとも、納豆・豆腐・ヨーグルト・単一乾電池がないのは東京も同じ。

生家の室内に入る。
4月に入ってからの余震は東京での想像以上だったようだ。
またもや小物が散乱している。ガラス器で壊れたものもある。
街並みをみても瓦がずれている家が散見される。
本震は耐えても「次の一撃」は耐えられられなかったのだろう。

「仕事」は大いにある。
震災のあと調子が悪くなった電気湯沸器のチェック。
10時過ぎに予約していた電気屋さんが来訪。
マスター同様、最初はうまく機器を操作できなかったが
そこはプロ。慣れたもので、すぐに従前と同様に復旧した。
ついでに不在の時の電気の切り方も教えてもらう。
夜間電力使用の湯沸しは、毎日誰かいる家は便利だが、
不在がちの家ではむしろ面倒かもしれない。

昼食は近くの「岳陽楼」で中華そば。
父の思い出話を経営者夫妻と話す。
(続く)

イメージは仙台駅新幹線改札前です。
復旧工事のため壁が作ってあります。
2011041607560000.jpg

日常が戻り始める桜花


PageTop

3・11 納骨式

3月11日の金曜日を迎えた。

父の繰り上げ四拾九日法要と納骨式、母の三周忌繰り上げ法要の日である。
父もまさか母の三周忌を自分の納骨式と一緒に行うとは
昨年末に倒れるまで思いもよらなかったであろう。

父の墓がある栗駒市まで、仙台の親族たちはワゴン車形式のタクシーを
借り切って向かうことにした。

仙台をたって高速で一時間少し、高速を降りてから道に迷いながら
菩提寺へ到着。
IMGP0046_convert_20110415202741.jpg
普段は無住の寺で法要を行う。
法要が始まるまで、前日に発見されたテープを、
仙台から電池を入れて持ち込んだラジカセでかける。
テープには添え書きがあり、
父が自分の葬儀の時にかけてくれるように書いてあった。
出身学校などの校歌である。
人に頼んだらしくピアノの演奏である。
こういうところは準備万端で親族ともども苦笑い。
一昨日から地震が起きており親族たちで
「約束を破ったのでお父さんが怒っている。」と冗談を交わす。
四拾九日の法要終了後納骨。
IMGP0048_convert_20110415202859.jpg
雪が降り始めて寒い。鍵は大叔父が締めた。

IMGP0050_convert_20110415203013.jpg

一旦本堂に戻り、今度は母の三周忌。
さらに墓に行き改めて焼香。

昼食は大叔父が手配した食堂で食べる。
以前にも出かけた「くりこま高原駅」に隣接した
ホテルのレストランである。

昼食後、警察に申請しないといけない書類があったので
マスターは大叔父とともに地元築館署へ向かう。
他の親戚はそのまま仙台へタクシーで向かった。

それが14時過ぎの事である。

父母の眠る墓去るはだれ雪

PageTop

灯油タンク



ご覧のように拙仙台宅には大きな外付けの灯油タンクがある。
200ℓ近く入る。
父の病状が長期にわたるものと思い、3月初めに満タンにした。
その後、父が死去。
ほぼ満タン状態で夏場を過ごすのは品質劣化・保安上も好ましくない。
灯油屋に相談したが
「家が奥にあり、吸い上げ機が入らない。」ので引き取りは無理の事。
近所の人にもいって少し分けることにしたが
「あとひと月で暖かくなるから」とあまりおもわしくない。
大変困ったものだ。

温暖化どこの国かと襟を立て

PageTop

整理あれこれ

葬儀から納骨まで二日間空いた。
勿論ぼんやりと過ごしたわけではない。
住居の後始末をはじめる。
膨大な父の身の回り品は父の死去とともに
遺品≒ゴミと化した。

不要で価値のないものから捨てるべく選別を始める。
長期戦を覚悟して、介護用のおむつなど消耗品を
買い込んでいたがどうしよう。

いまどきこんなもの介護施設でももらわないだろうに。

親族が引き取りたいテレビなどもある。
それにしてもなんと多くの両親の遺品だろう。
母が亡くなってから一年半しか経ってないので
母の遺品もほとんどそのままである。
頭が痛くなる作業である。

若林区役所に出かけた。
父死去に伴う、除籍謄本を取ったり、そのほかに
届出をするためである。
かって「養種園」と呼ばれた植物試験場跡地に建てられている。
平日午前とあって静かであった。
職員の対応も大変親切で、わからないことは、
マスターと一緒になって各部署に尋ねてくれる。
「すぐやる課」を骨抜きにした、どこかの市役所とは大違いである。
除籍謄本はすでにできていた。
どうせ他に必要なので二通写しをもらう。
広いロビーには掲示板。
2011031010210000.jpg
さとう宗幸が「ご当地芸能人」になって久しい。

インフォメーションで教えられた近所のスーパーで買い物。
まだ寒さは厳しい。

いつまでも続きはしない現世(うつしよ)や

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。