進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

2012年5月の努力目標

皆様元気にお過ごしと思われます。
五月になりました。
相変わらず今年も天候不順です。
気象の変動期になっているのかもしれません。
田植えの様子ののんびりさが懐かしいです。
田植え


今月もマスターは2000円札の広報マンとして活躍します。
皆様、どんどんこのブログの存在を知らない人達にもお声をかけて
2000円札活性化のお手伝いをお願いします。

アクセスログで調べると各種サーチエンジンで「2000円札 入手方法」と検索すると、
拙ブログが上位に出てくることが多いようです。

そこから拙ブログを閲覧していただく皆様には、この場を借りてお礼申し上げます。


二千円札に関する情報をお持ちの方は
積極的に拙ブログにコメント・トラックバックをお願いいたします。
お礼に、特に断りがなければリンクをさせていただきます。
よろしくお願いいたします。
 
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立夏なり杉木立からこぼれる陽

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玉置神社

神社の表に回る。
この風雨のなかでも拝殿にあがり、お祓いをしている
熱心な人たちがいた。
P5010024_convert_20120529063921.jpg
この日は五月一日で、休みでない会社も多かろうに。

この神域は雨量が多いのだろうか、どうやらいつもじめじめして
いるようだ。降雨地帯である。

正面斜め前から撮影する。
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きらびやかさはない。でも幽玄さを感じるたたずまいである。
マスターは縦走して、いよいよ標高1000メートル地帯を
この神社から抜け出すのだが、
神社だけ訪れた人たちは「1000メートルの高所」までたどりつくと感じる。
山歩きをしていると、このギャップに戸惑うことがよくある。

神域中に奥駈道の標識があり迷わず、神域を抜けルートへ戻る。
相変わらずの雨天だが、予定通り進みそうだ。

本日もスコールの予報気象変わる

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大峰・海南・高野山・京都・同行何人?その6

雨天のなか、玉置神社境内に到着。
本殿の裏側だが、社務所が開いておりお守りや土産物を売っている。
大きな宿泊所は閉まったままである。
今は予約者しか泊めないようなので、他の場所に泊めているのだろうか。
この神社までは車道が通じており、
かっての様な修行者の休息所の役割は無くなったのだろう。

本殿の裏側に御神酒が置いてあった。
P5010023_convert_20120528062853.jpg
志を置いて一口飲む。4日ぶりの酒である。
まずい。
まるで飲酒を許されたころ口にした日本酒の味である。
口中にドロドロ感が残る。

この銘柄がまずいのではないだろう。
アルコールが抜けてカラダが飲酒開始当時の状況に戻ったのだろう。

当時はビールは苦く、ウイスキーは薬臭く、日本酒はドロドロ。
(マスターの飲酒開始当時はチューハイはほとんど飲まれてなかった。
それがわずか一年ほどで居酒屋を席捲するとは。)
その頃の感覚をこれから大切にして酒と付き合おう。

春嵐惑いつ呑めり苦き酒


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大峰・海南・高野山・京都・同行何人?その5

大粒の雨は一晩中降り続けた。そしてやむ気配はない。
ここで停滞も考えた。でも少し歩けば登山道は車道と並行するはず。
つまり脱出不可能な山中ではないので、ずぶ濡れ覚悟で出発をする。
雨をたっぷり含んだテントは重い。
シュラフは乾いているが、ザックの中でテントの水を吸い込むだろう。
今日は玉置神社を過ぎて、行けるところでまで行き、テントを張る予定。

貝吹金剛(名前からみると法螺貝を吹きたくなるような見晴らしの良い
場所を想像したが事実は逆)の窪地を出発。同宿のツェルトの方は逆方向へ。
すぐに疎林のなかの緩やかな登り。これまでとは勝手が違う。
緩やかな登降を続ける。雨は相変わらず降っているが、樹林のため風は気にならない。

途中で「21世紀の森」への分岐点を見る。
そういえば、行者さん一行は昨日「『21世紀の森』に一旦降りて
泊まるか。」と話していたのを思い出した。

ここは下調べでは森林公園だが、とりあえず雨露をしのげる
東屋位はあるのだろうか。

突然「21世紀の森」の方向から法螺貝の音色が聞こえた。
あの行者さんたち一行なのだろう。

そうか、法螺貝というのは単に祈祷のためではなく
山中に出会った他の行者さんたちに自分の位置を教えて
道中の無事をお互いに確認し合うための手段であったのか
と初めて悟った。古人のネットワークの智慧である。

雨中淡々と道を歩む。巻き道も設定されていて歩きやすい。
やがて車道に飛び出す。雨ゆえ通過する車も少ないが
登山服に雨具こそつけているが濡れ鼠のマスターを
通過する車の車中の人たちは興味深げに覗き込む。

何度か車道と登山道は交差し、あるいは車道を歩く。
玉置山への入り口のあたりで、行者さん一行が追い付く。
先ほどの法螺貝はやはり行者さんが吹いたそうだ。

行者さんとはここで別れる。
玉置神社の後は無事下山されたのだろう。
(玉置神社のあとは本宮まで宿泊施設はない)

玉置山頂は何もなかった。雨で景色も見えない。

山頂から急降下。神社の奥ノ院に裏側から入る。
やがて石段の急降下で神社本殿の裏側に飛び出す。

正面は熊野側を向いているようだ。裏口入社である。

法螺貝に驚き飛び出す藪の鳥



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大峰・海南・高野山・京都・同行何人?その4

雨は止んだが、空は相変わらず暗いまま。また降ってくるだろう。
降雨のまえに今夜のテントサイト「貝吹金剛」にたどり着かないと。
細かいコブの登降に悩まされながら標高が低くなるのを感じる。
樹林は針葉樹主体となり、やや暑くなっていく。
森の中に「貝吹野」と呼ばれるポイントに着く。
岩屋らしきところで、テントを張れないかとみるが、わずかな
平地に小堂があり無理だ。

鉄砲下りを終えると、樹林帯の中に、道の両側に小型テントが
数張りなんとか出来る窪地を発見。「貝吹金剛」と書かれた
標識もある。もっと大きく広がりのある天場を想像していたので
がっかりする。18時を回っていた。

すでに先客のツェルトが樹間を利用して一つ張られている。
なかで寝ているのか、物音一つしない。
睡眠の邪魔をしないように黙ってテントの設営を始める。

しばらくするとツェルトからサイレン音が響いてくる。
声をだしてテントを設営中である旨を伝える。
中から返事がきた。やはりクマと疑ってサイレンを鳴らしたそうである。

設営中からまたもや雨が激しく降り始めた。
幸い、床は濡れていない。ザックもまだずぶ濡れでない。
雨は止む様子はないが、シュラフは濡れておらず、寒さに震えることは
なさそうだ。食事のあとはそそくさにシュラフに入り込む。
明日も雨なのだろうか。濡れテントでザックの重量は増す。
この山域が日本有数の多雨地帯であることを思い知らされる。

乾きたる青草の上に夢結ぶ

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大峰・海南・高野山・京都・同行何人?その3

翌朝は日が出るのが遅かった。
正確に言うと、天候悪化で雲天のため日差しがなかったのである。
朝食を済ませ、6時少し前に出発。
水は他の人が汲み置いてくれたのを利用する。
小屋内の貯金箱に一泊の使用料と水代を感謝の念と共に入れる。

はじめこそ調子が出ていたがやがてすぐに鈍足になる。
倶利伽羅岳などを越えていく。
昨日天幕を考えていた怒田ノ宿跡までは3時間以上かかったろうか。
後から追いついてきた同宿の人に
「昨日あそこに泊まらないで、ここまでくるまでに真っ暗に
なっていたでしょうね。」と笑って話した。

怒田の宿を過ぎるとすぐに行仙岳の登り。
この山域にしては珍しく巻き道がついている。
天候は曇りで展望は望めないので、迷わず巻き道を選ぶ。
行仙宿小屋に到着。まだ午前中だ。

この小屋も地元山岳会が手入れをしている。
丁度、登山道の手入れに入山している山岳会の方に会い、
礼を述べる。水も汲み上げてあり、またカネを入れる。
カネを入れるより、自分も水場からポリタンクに入れて
汲み上げるべきだが、何分疲労しているので勘弁を願う。

天候はますます悪化。たぶん午後からは雨だろう。

笠捨山を過ぎたころからやはり雨となる。
地蔵岳の岩場・鎖場の通過は雨中と思うとがっかりだ。

この辺写真を数枚撮影したはずだが、帰宅後みると何も
写っていない。疲労して操作をまちがっていたのだろうか。

地蔵岳の岩場・鎖場は思っていたほどではなかった。
巻き道は随分前から崩落を理由に廃止されている。
むしろこの山域に挑むのならば、この程度の岩場・鎖場
はクリアできる程度の技量は前提だろう。
もっとも、マスターは最後の鎖場で濡れた鎖のため
十センチほどスリップしてしまった。

鎖場を過ぎ、時々広い見通しのよい草場が現れる。
雨もようやく止んだ。

春の雨体をじっとり濡らしけり




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沖縄返還40年 テレビの二千円札特集

さて、テレビでも沖縄返還(本土復帰)40年にちなんで、
二千円札特集を組んだニュースショーがあったようだ。

朝日とは対立したスタンスを取ることが多いフジテレビの
「スーパーニュース」である。
内容を記事に起こしたWEBがあるので(なぜか価格・COM)
そちらを見てほしいと言いたいが、日本の新聞サイトのように
リンク切れになるのは嫌なので、全文コピペする。

.ダイバーシティ東京プラザで買い物客に二千円札に関する質問を行ったところ、知らない客もいた。そんな二千円札は2000年 九州・沖縄サミットの開催に合わせて発行された。しかし、財務省は2012年度も発行しないことを発表し、二千円札は9年連続製造ゼロの事態となっている。そんな二千円札の沖縄での流通量が伸びているという。

沖縄県庁で声をかけた職員は誰もが二千円札を持っていた。沖縄県庁では給料の一部を二千円札で給付しているという。新垣雅寛さんはその理由を「二千円札には守礼門のデザインが描かれているので、沖縄の観光のPRのために職員が率先して二千円札の利用促進をするため」と話した。更に沖縄銀行 県庁出張所のATMでは二千円札が優先的に出てくるように設定されていた。

二千円札応援隊を紹介。二千円札応援隊は独自に二千円札のイベントを開催している。それ以外にも、二千円札の歌やTシャツなどを作って二千円札の普及活動を行なっている。

海洋博公園 沖縄美ら海水族館の窓口で入場券を購入すると、お釣りの中に二千円札が入っている。首里城に近い、ローストビーフなどを提供しているホテル日航那覇のレストラン「セリーナ」では毎月2日・12日・12日に二千円札で支払うと、通常2940円のディナーブッフェが2000円になるというサービスを行なっている。また、かりゆしウエア展示即売所ではニ千円札を使うことで1着が5%引きになる。

椿原慶子ら出演者はミュージシャンの曲「NEVER END」が二千円札の発行日に開催された九州・沖縄サミットのテーマ曲だという事や二千円札が流行しなかった理由などを話題にスタジオトークした。


この特集でマスターにも目新しかったのは「海洋博公園の釣銭」位である。
二千円札を釣銭に使用する店舗は、ブログをチェックすると本土でも散見される
ので(しかもほとんどの場合、店員は申し訳なさそうに釣銭として出す。)、
特に取り上げるほどでもない。

報道レベルは、マスターが拙ブログを始めた8年位前からあまり変わらない。
沖縄からみなので、本土でも二千円札使用を奨励している官民の紹介が
なかったのは致し方ない。

二千円札が「見世物」でなく普通の紙幣として受容される日を切に願う。

竜巻は季語には無しニュース見る

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沖縄返還40年

15日午後から拙ブログのアクセス数が上昇を始めた。
どうやら沖縄返還40年に絡んで、二千円札の動向を
マスコミが伝えたかららしい。

まずは朝日新聞。
朝刊のコラム「ニュースがわからん」で二千円札を取り上げる。
内容は拙ブログで再三紹介したこと。
再発行はなされず、市場・金融機関共に使われず大半は金庫に
眠っているとの紹介。澄川卓也氏の署名記事である。
DSC06884.jpg

夕刊のコラム「素粒子」でも

我が身は呪うべし。原発のように。使われぬ2千円札が悲しい。
といつものよくわからんご託宣。


テレビでの特集はまた。

五月闇列車の汽笛が通り過ぐ

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突然の訪問者

さて、明日の天候は気がかりながら小屋内では早くも
各自夕食をとった。「水場で子熊を見た。」という人が
いて盛り上がっていた18時過ぎ、
ふと窓を見ると男女混成のパーティーがぞろぞろと
明日向かう登山道を降りてくるではないか。
すぐにリーダー格と思われる男性が扉を開けて頼み込み始めた。
「私たちは9人です。今日できるだけ進みたいのですが、
ここに泊まりたい。何とかならないでしょうか。」
戸惑う先着者たち。一人が口を開ける。
「ご覧のとおりここは狭いです。あと一時間歩けば
日没ぎりぎりですが、ここより大きい持経の小屋があります。
そこまで歩かれたらどうでしょう。」と述べた。
幸い、パーティーはその言うことを聞いて持経の小屋へと向かった。

普通、このような無人小屋しかない山域では
大パーティーは天幕持参が常識だし、そのような装備を担げない
のなら入山そのものが危険である。

小屋の中では「彼らは日のあるうちに小屋についただろうか。
もしかしたらライト・寝袋も持っていないのでは。」と心配する声も上がった。

翌日、マスターがべた遅れで苦しんでいると、登山者が追い付いてきた。
持経の小屋に泊まったそうなので、様子を聞くと日没直前に9人組は
小屋に入ったそうだ。すでに2パーティー6人ほどが入っていたので
あの広い小屋でもほぼ満室状態になったそうである。

天幕を持たない大パーティーについては、過去にも遭遇したことがあり
話し出すと切りがない。今回はここで打ち止め。

春霞小屋を覆えり不安増す

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大峰・海南・高野山・京都・同行何人?その2

翌朝は4時頃起床。朝食(レトルト粥・缶詰・インスタントみそ汁)を済ませ
テント撤収。相変わらずの晴天。5時20分ころ出発。
すぐに天狗岳への登りの樹林帯に入る。道中二か所ほど天幕適地を見る。
もう少し脚が早ければこの辺での宿泊も可だった。

細かいコブ(登降)に早くも悩まされてピッチが上がらない。
北アルプス・八ヶ岳など夏道登山道が整備されているところだと、
山腹を巻いた登山道が設定されて疲労しないようになっているが
ここはやはり修行の地。稜線通りに道が付けられている。
疎林のため踏み跡が定かでなくなるところは、
木の幹につけられたテープが頼り。(これがのちにトラブルの元となる。)

天狗岳山頂を踏んだ後、道迷い。
ピークは縦走路から外れているのだが、縦走路中にあるのと
勘違いして、ピーク直下の踏み跡に二回も迷い込む。
約30分のロス。 写真を撮ったはずだが無い。
デジカメも新調のため、操作が不慣れなのだろう。

ようやく縦走路に戻り標識を確認する。

「多くの人が迷うのだから。」という言い訳はできない。
遭難する時はその時が100%なのである。

嫁越峠で、携帯の電源を入れたら奇跡的につながる。
メールが入っており返信。

落葉樹の疎林で標高も高く、まだ若葉が付いていないので
見通しは良い。コブの連続で疲労しなければ最高なのだが。

この山域に入る人は、徹底した装備の軽量化をしてほしい。
重複した装備・食料はなるべく避けるように。

天候も良くフラフラしながらようやく14時ごろ
「持経の宿(無人小屋)」に着く。大休止。
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地元山岳会によって手入れがなされており、
室内外ともにきれいに保たれている。
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水場は小屋の前まで来ている林道(車両通行不可)をたどり、
しばらくした斜面から少しずつ湧き出ている。
早速補給する。まだ日が高いので、もう少し先まで進む。
ネットでの事前調査では次の「平治の宿」を過ぎたところに
天幕適地があるようだが、またもやコブの連続で疲労が蓄積。
天候も怪しくなってきたので
同様の無人小屋である「平治の宿」で荷を解く。16時過ぎである。
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ここは時経の宿の半分ほどの広さである。

同宿は前日のバスから一緒になった人、先の行者さん二人組など
見知った顔の人たちばかりである。

ラジオでは翌日から関西地方の平地でも天候が崩れると伝えている。

前日下着のままで寝袋に入ったらやはり寒かったので
今日はカッターシャツを着込んで就眠。

場所がらか誰も酒は担ぎ上げていない。宴会とならずホッとする。

新芽さえまだ出でざりし奥の峰

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大峰・海南・高野山・京都・同行何人?その1

ようやく両親死去と震災の後始末が一段落したので、
連休は休みをとり、久しぶりに登山と旅行に行くことにした。

4月27日夜。上野駅に登山ザックを担いで出かける。
夜行急行はすでになく、夜行バスを予約。
発車時間までの一時間を、駅近くの回転寿司屋で夕食をとる。
これからは酒の無い数日間を過ごす。日本酒三合を開ける。
店の親父さんは「帰ってきたらまた立ち寄ってください。」と声をかけてくれた。
すでに晩酌を廃止しているので、五臓六腑に酒が染み渡る。
22時すぎに名古屋行きバスは発車。車内は帰省の学生たちが主体である。
オジサンはマスター位。

翌朝、名古屋駅前に到着。
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近鉄名古屋駅から近鉄特急にのり大和八木駅へ向かう。
天候ははれ、今日は昼過ぎまで電車とバス。そのあとは日没まで歩きの予定。


大和八木駅から奈良交通のバスに乗り、前回の下山口前鬼口へと向かう。
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八木駅出発時は登山者は2名ほどだったが、途中駅から乗り込んできて
バスの乗り換え駅「湯盛温泉杉の湯」ではほとんどをしめるようになった。
乗換駅でトイレを済ませる。

12時過ぎに前鬼口に到着。
かっては地元タクシーを予約すれば前鬼宿坊近くまで送ってくれたそうだが、
今回電話すると「休業中」とのことで、仕方なく歩きはじめる。
ダム湖を右に見ながら、15時過ぎに前鬼宿坊着。大休止。

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バスから一緒になった行者さんが、小堂の前でさっそくほら貝を吹く。
行者さんは二人組で、もう一人の従者役の人は普通の登山姿・装備である。
以降、玉置神社付近までこの二人と行動を共にする。

日が長く、天候急変の心配もないので、稜線まで登ることにする。
18時過ぎ、太古の辻に到着。水は担いできたし
鞍部だが、今日は全く風がないので、ここにテントを張る。
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日が暮れると鹿の鳴き声が周辺を覆い尽くした。

五年ぶり太古の辻に鹿を追う



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