進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

三月の努力目標

相変わらず寒い日々が続いています。
本年も二千円札普及活動に邁進しますので、
拙ブログにお立ち寄りの皆様、ご理解ご協力のほど
お願いいたします。

最近、「あまり更新していないがブログはやめるのか。」
という声をいただいています。

実はほかにも「公的」ブログやSNSの記事を書いている事情もあり
個人ブログはどうしても後回しになります。
「公的」と交代に書ければよいのですが、まだそこまでの境涯に至っていません。

そういうわけで拙ブログの更新を待たれている皆様には
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

今月の動画は倉田まり子さんの「冷たい雨」です。


この歌、長らく歌手をマスターはわかりませんでした。
サビの「貴方は~」のところだけ覚えていました。
荒井由実が1975年8月にバンバンの「いちご白書をもう一度」のB面として
提供したのを知ったのは比較的近年のことです。
今回は倉田まり子さんのカバーです。
彼女が活躍していたころは、マスターはファンではありませんでした。
今回見直すとなかなか品のある誠実そうな女性に見えます。
スキャンダルに巻き込まれて引退したのは残念です。


今月もマスターは2000円札の広報マンとして活躍します。
皆様、どんどんこのブログの存在を知らない人達にもお声をかけて
2000円札活性化のお手伝いをお願いします。

アクセスログで調べると各種サーチエンジンで「2000円札 入手方法」と検索すると、
拙ブログが上位に出てくることが多いようです。

そこから拙ブログを閲覧していただく皆様には、この場を借りてお礼申し上げます。


二千円札に関する情報をお持ちの方は
積極的に拙ブログにコメント・トラックバックをお願いいたします。
お礼に、特に断りがなければリンクをさせていただきます。
よろしくお願いいたします。
 
コメント・TBを不快に感じた方は、当方に無断で削除してかまいません。
なお、迷惑系、広告・宣伝(アフィリエイト)のみと判断したサイトからの
コメント・トラックバックは無断で削除いたします。
風説の流布・名誉毀損に当たると判断したコメント・トラックバックも
同様に削除いたします。ご了承願います。

メールはサイドバー上のフォームからお願いします。

※なおブラウザがIE以外だと、拙ブログは動画が見られない場合があります。
 もし画像が見えなければIEを利用願います。

3月の雪に驚く東京人


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牛タン店探訪「牛たん 荒 池袋店」

池袋に所用があった。
夜になったので牛タン店を携帯で探して食べることに。
光栄ある牛タン店探訪第一号である。

学生の頃、慣れ親しんでいた西口ロマンス通りに
南側から入りすぐ右側の地下にある。

地下という入りにくい場所にあるためか呼び込みがいる。
マスターはこの呼び込みが苦手だ。

普通の飲食店側としては、少しでも客が入るようにとの配慮で
手の空いている従業員を出しているのだろうが
風俗店を思わせて好感が持てない。

呼び込みを無視して、地下に降りはじめると
気づいた呼び込みが慌てて案内を始める。

店は博多もつ鍋との事実上のコラボ店。

カウンターに座り、とりあえず牛タン焼きを頼む。
客はカウンターにもう一人、ボックス席はその後入店した
客も含めて3組程度。空いている。

厚みのある牛タンが供せられる。
これがいまはやりなのか、
ペラペラの薄い牛タンを予想していたので
カルチャーショックを受ける。
うまいかマズイはわからない。

食べ方も説明される。
一緒についてくる、漬物を牛タンと一緒に
食べるのだそうだ。
からし類はお好みでということだそう。


酒類を二杯いただき、他に厚揚げを頼む。

値段は二千円札1枚プラス硬貨で、そこそこだろう。

なにか物足りない。
それは牛タンの場合、とりあえず
定食を頼んで、それにアルコール類を頼むのが
正しい評価をするコツだと気が付いた。

次回からはなるべくそうしてみよう。


朧月頼む清酒も常温に

ぐるなびサイト

http://r.gnavi.co.jp/g189414/

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こんな映画を観た「人生案内 」

映画館でもソフトでも映画を見られない日々が続いています。
そういう時は「本棚から映画パンフレットを一つかみ」して拙ブログ
未紹介の映画でお茶を濁します。

1931年製作のソ連邦初のトーキー映画です。

革命の混乱のなか街をたむろしていて、
悪さをしていた孤児たちが郊外の修道院跡に集められ
物つくりの仕事を初めて更生していく物語と書けば
社会主義リアリズム的プロパガンダを連想しますが
まだスターリニズムが徹底する前なので、
胡散臭さはなく、素直に面白い。

画像処理はサイレント時代を引き継いでおり
少年たちのリーダー、ムスタファが殺され
機関車の先頭に載せられ、工場への軽便鉄道の開業式に
現れるシーンでは鳴り響く「インターナショナル」も止めてしまう
という大変印象的なシーンをはじめとして
悪さを働いていたムスタファを捕まえたときの警官たちの
「またコイツか!」という悪意のない笑い顔、
少年たちを誘惑する悪所の描写や、殺害シーンなど
ワンシーン・ワンカットが大変有機的につながっている

ソビエトそのものが「世界の不良少年」だった時代だからこそ
描けた秀作かもしれない。

上映は六本木WAVEにあった「シネ・ヴィヴァン六本木」
六本木ヒルズの再開発に伴い、WAVEとともに無くなったのは残念。
元共産党員で「親ソ」だった堤清二氏が統帥だったからこそ
わざわざニュープリント上映がなされたのかもしれない。
(1986年4月鑑賞)
DVDが出ています。

人生案内 [DVD]人生案内 [DVD]
(2005/12/22)
ニコライ・バターロフ

商品詳細を見る


ロシア語版で、画像・音声ともによくありませんが全編が見られます。

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うっかり・・・

こういう記事を書くと、アンチ二千円札の皆さんに
「それ見ろ!下らんことはやめろ!」と言われるかもしれない。
でも、マスターは黙ってコメントを取り消すようなことはしません。
「他人に迷惑がかかる」ために取り消しをするときは
その旨を何らかの形で告知します。(以前にもありました。)

買い物の時、千数百円かかった。
いつものように二千円札をレジに出すと、
レジ係の人が、「あ、重なっています。」と言って
二千円札を一枚返してくれた。

たまたま新札を財布に入れていたので、うまく取り出せず
気づかないまま二千円札二枚を出してしまったのである。

もっとも、この事例は他金種の紙幣でもありうることで
これを以て「二千円札は紛らわしい。」という説を
開陳することは避けてほしい。

風は吹くされど日差しは暖かく


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牛タンを食す

仙台宅で他地方からの人を交えての集まりがあった。
席上「仙台に来たのだから『牛タン』を食べたい。」という声が上がった。

もともと「牛タン」は家庭料理ではない。
慌てて近くの小スーパーに駆け込み、
パック入りの牛タンを、売っていた2パック全部を買って供した。

ウィキペディアにあるように
「牛タン焼きの発明から長らくは、
牛タン料理はそれほど市民に人気があるわけではなかった。
もともとが外食から生まれた料理であり、家庭で食べられることは殆どない。
むしろ珍味の扱いで、一部の愛好者や酔客が「締め」に食べる程度だった。」
のだ。

マスターの場合は父が酒を飲んでいたので、早くから知っていた。
父によれば「仙台に牛タン店は3軒だけ。」だったそうである。これは1970年代までの話。
勿論、普通の仙台の観光ガイドブックには牛タン店は掲載されていなかった。
今日、仙台では牛タン店にいつでも観光客の行列ができているのを見るたび
隔世の感がする。

1976年位の夏休みであろうか、なにかの用事で父と夜の東一番丁(繁華街)に出かけた。
夕食を牛タン店で摂った。
一番丁の南端、東北大学の近く(つまりマスターの出身高校の近くでもある。)の
雑居ビルの地下にその店はあった。

客はマスター父子と、カウンターに「お盆の電話番」で出勤していたのか
ヒマそうなサラリーマンが一人というたった3人だけだった。

父と店の主人は知り合いらしくよもやま話をしている。
我々はテーブル席だが、客が3人しかいないので
店の主人は話し相手になっているのである。

サラリーマンは店の主人に頼んで、
同僚のボトルがどれくらい減っているのか眺めていた。

主人はマスターの高校がすぐそばだと知ると
「土曜の昼間も定食を出しています。お客さんは少ないので
放課後にお友達を連れて食べに来てください。」と
高校生に営業をしていた。

当時、マスターの同級生たちの土曜昼の定番は
その店のそばの「ススキノラーメン」だった。

ランチとしても「牛タン定食」は、
当時300円台だったラーメンよりも高いので返答に困った。
今ならば、すまし顔で「今度友達を連れてきます。」
とリップサービスをするのだろうが、
そういう世間の知恵は当時は持ち合わせていなかった。

店名は忘れた。
その後「牛タン」が'80年代にブレイクしたあと
その店の前を通ったら、観光客の行列が
地下から外まで続いていた。

もう高校生に「営業」をしなくてもよくなっただろう。
常連サラリーマンがボトルを置くことはなくなっただろう。
一見さんが行列をなしている店に
ボトルを置いて長尻を決め込むのは呑ん兵衛の流儀に反する。

お盆の夜に3人しかいない老舗牛タン店なんて
「牛タン」目当てに仙台に来る観光客には想像もつかないだろう。

というわけで、仙台出身なのにしかも「昔の牛タン店」を知っているのに
今の牛タンは知らない。仙台の店はどこも行列で入る気がしない。
拙ブログでは今後時々牛タン店の食べ歩きルポを掲載します。
請うご期待。

カップルが三組過ぎる春近し

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ネコなど捨てないでください

過去記事の食品工場の前を通った。

最近は通過時刻が変わったためか猫を見かけなくなったが
このような看板を見てしまった。
P1000202.jpg
ポリバケツに網がかかっているのを見ると
このバケツに猫を捨てた輩がいるのだろう。
この家で猫を飼っているのをみて
「ここなら飼ってくれるだろう。」と思ったのか。
動物を飼う前に、引っ越しが予想されるかどうかや
避妊に気を付けてください。

他人の善意にすがってばかりではいけないと思います。

灯油買う手は未だ荒れている

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秋田魁新聞で二千円札がコラムで紹介される

北斗星(3月10日付)

 食事に立ち寄った仙北市角館の店で支払いを済ませた時のこと。おつりに見慣れない紙幣が1枚含まれていた。
何年かぶりに目にした二千円札だった

▼聞けばお客へのインパクトが結構強く、話題づくりもあって以前からおつりに出しているとか。
二千円札の存在自体を忘れていた人もいるらしい。「お年玉用にちょうどいい」などと喜ぶお客が多い一方で、
「使いにくいから千円札にして」と話す若者もいるという

▼銀行の両替機で、表示があれば現在も替えることが可能だ。にもかかわらず、市中にはほとんど出回っていない。
それもそのはず、二千円札は2003年度を最後に製造されていないからだ

▼沖縄・首里城の守礼門が描かれている二千円札。00年7月開催の沖縄サミットに合わせて発行された。しかし日本では「2」の付く札になじみがなかったことや、自動販売機であまり使用できなかったことなどが、普及しなかった一因といわれる。いずれ徐々に消えゆく運命にあるのかもしれない

▼電子マネーが急速に普及するなど現金を持ち歩かなくてもいい時代を迎えている。14年度の一万円札の製造予定枚数は約10億枚と、10年前の約25億枚に比べ大幅に減ったことがそれを裏付ける

▼県内のJRではまだ使用できないが、首都圏で普及するスイカやパスモなどの電子マネーが県内の一部コンビニでも使用できるようになった。数年後には一段と進んだキャッシュレス社会が出現しているに違いない。
(2014/03/10 付)


http://www.sakigake.jp/p/akita/hokuto.jsp?kc=20140310ax

宣伝になるためか「仙北市角館の店」の屋号やどういう食堂なのか
書いていないのが残念です。書いてあれば出かけた折に
ぜひ立ち寄りたいのですが。

とは言っても
「いずれ徐々に消えゆく運命にあるのかもしれない」はないでしょう。
それよりもネット普及で新聞が売れず、
夕刊を廃止した御紙の状況を心配してほしい。

寒の明けいまだ遠きか空侘びし

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