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吉村昭氏追悼講演と座談会 6

なお、このシリーズ。講演会の常として、出席者は吉村氏に関係ない話題に
脱線したり、論旨が混乱していることもあるので,
発言はマスターが勝手に整理しています。ご了承願います。


(加賀氏の話。続く)吉村氏の闘病体験と作品への影響。
・吉村氏は生地の日暮里の話、自ら罹患した結核の話、
弟がガンで亡くなった話などをよくした。
・吉村氏のころの結核の手術は肋骨を数本切り取り、肺をむき出しにして
 患部を締め上げて結核の進行を止まらせるという乱暴なもので、患者にも
 苦痛をもたらすものだった。吉村氏はそれに耐えた。
・氏の作品で医者の伝記が多いのはそのためであろう。
・「ふぉん・しいほるとの娘」はシーボルトに感謝半分・「引きの」姿勢半分。
・「長英逃亡」は捕縛後撲殺されるシーンをこれでもかと描いている。
(マスター注:長英には自刃説もあるが、吉村氏は撲殺説を採っている。)
取材の姿勢その他
・「外国に出かける暇はない。日本を見るだけで手一杯。」といっていた。
・日本中を取材して書く努力は凄かった。
・加賀氏が長崎を舞台にした小説を書いたとき長崎を5回訪れたことを吉村氏に
 話すと「俺は50回行っている。」としかられた。(「しいほるとの娘」執筆の為?)
・その後「しいほるとの娘」を読むと、「長崎」を良く調べているのが理解できた。
・いわゆる名所旧跡には足を運ばない。生活者として街を見ていた。
・だから一緒に旅行したら(同行者は)つまらなかったろう。
・最近、自作に日暮里暮らしの人物を登場させるので、この界隈を散歩している。
 上野からまっ平な土地で、自転車があると便利な街だ。(場内笑)。
・吉村氏に森英恵のコレクションを誘ったが、出席せず津村さんだけが来た。
 興味のないことには足を運ばない人だった。
・一方、作家の協会の税務委員として税務署と粘り強く交渉した。
 普通の作家はそういうことを嫌がるので助かった。
・最後にもっと長生きして書いてほしかった。
・一度森鴎外の「堺事件」について、「鴎外はあまり調べていない。」という話
 をしてくれた。きっと自分なりに調べていたのであろう。(基調講演終了)

白靴の似合う紳士も絶え果てぬ



TITLE: 吉村昭氏追悼講演と座談会 7
URL: http://www.doblog.com/weblog/myblog/2450/2622174#2622174
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