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吉村昭氏追悼講演と座談会 11

(前記事)
さて、登壇された津村氏、
1928年生まれとはとても思えぬ若々しさ。
直立不動のまま話し始め、そのスタイルは講演終了まで変わらなかった。


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講演要旨
・吉村氏死去後声が出なくなってしまった。
(最近、ようやく出るようになったそう。)
・吉村氏はいつも「お前にはふるさとがあっていいなあ。」といっていたが
 私から見ると「荒川区は大事なふるさと。」と言いたい。
・吉村氏は取材はどこへでも一人でふらりと出かける人だった。
・新聞社系は特に「取材記者」を付けようと依頼したが、いつも断っていた。
・たとえば「馬が走ったときの土埃の色なんていうのは、自分で
 現地の地質を調べないといけない。史料は信用しない。」という主義だった。
・先ほど長崎の話が出たが、長崎には実は107回出かけている。(場内驚きの声)
・「桜田門外ノ変」では一稿目は20枚で破棄、二稿目は252枚目まで書いたが
 焼却、ようやく三稿目(水戸は海岸線が長いので、外国からの防衛を
彦根と違って肌で感じていたという今では有名な説を採用)で脱稿。
・それでも締め切りには間に合わせた。
・「破獄」では「網走市史」の記述と気象記録を照らし合わせて「網走市史」の間違いを指摘した。
・最近は吉村氏関係の仕事が多い。
・吉村氏の書斎を今後は仕事場にする。空いた本棚は吉村氏の著作で埋める。
 そのほうが仕事中落ち着く。吉村氏が見守ってくれる気がする。(続く)

TITLE: 吉村昭氏追悼講演と座談会 12
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