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仙台市内定期観光バス巡り1(画像復旧)

マスターの友人がお盆を利用して、東北旅行をするという。
ついては仙台にも立ち寄るので、名所旧跡を案内してくれと頼まれた。
しかし、仙台市内の見所というと「青葉城址」と「瑞鳳殿」位しか
思いつかない。タクシーで出かけるかとと思ったが、
念のため観光バスをチェックすると宮城交通で朝の仙台城址・市内めぐりというのが、
この観光名所を早回りしており、友人のスケジュールとも合うので、これに乗ることにした。
もちろん地元出身のマスターも一観光客として申し込んだ。
仙台1


お盆休みのさなかの酷暑の朝9時半から、
仙台駅前をバスは走り出す。
参加者は10名ほど。まあまあの入りであろうか。
胸にこのバスをデフォルメしたステッカーを張る。
ガイド嬢はもちろん旗を持っている。
最近は、ダサいということで「旗」をやめている
ツアーも多いそうだが、やはり目立つので
世界のどこでも日本人観光ツアーは
添乗員は「旗」を持って「ジャパン・クール」を
披露していただきたい。

まずは駅から青葉城址へ伸びる青葉通り。

仙台2

「仙台市内の主な歴史建造物は昭和20年の空襲で
焼失しており、ほとんどの所は『ここにあった所』としか
説明できません。」
とガイド嬢が説明。
車中から土井晩翠旧居跡(戦後晩翠草堂として再建)
原田甲斐屋敷跡(現在仙台高裁)などを説明。
東北大学片平キャンパスのそばに至り、
お霊屋橋(橋名の由来を話してくれたが忘れた。)を渡り、
伊達政宗以下三代の墓所である経ヶ峯へ向かう。
実は瑞鳳殿も空襲で焼失して、マスター高校生のころ
発掘調査と再建をしたものである。

戦争があとふた月早く終わっていたら、歴史的建造物も
マスターの母の生家も焼失しなかったのであるが、
一方現代的な縦横に駆け巡る幅広道路も存在しなかったわけで
改めて「歴史にイフはありえない。」という言葉をかみ締める。

瑞鳳殿を訪れるのは、上京直前以来なので28年ぶりだろうか。
仙台


当時は気がつかなかったが、墓所へは階段を歩かなければならず
高齢化社会の今日、もう一工夫欲しいところである。


階段を上りきったところで、
この伊達三代の墓地を案内図の前で説明するガイド嬢。
仙台訛り丸出しである。
最近は地方文化のひとつとして方言が見直されているためか
以前ほどは、観光客相手でも「矯正」はされないのだろうか。

仙台4


藩祖伊達政宗公がいかに偉大な人物であったかを
朗々と語っている。

このパターンの「説明」は、マスターの知る限り、
日本の他の都市では
セイショーコー」や「ナンシュウオウ」で見られる。

外国ではピョンヤンかねぇ。

灼熱を杉が遮る瑞鳳殿

2010年2月24日追記
この記事もfc2移行後もアクセスが多く復旧いたします。

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