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仙台市内定期観光バス巡り2 経ヶ峰伊達家三代墓所(画像復旧)

まずは「藩祖政宗公」の墓所瑞鳳殿である。
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日光の家康の東照宮を意識したそうである。
桃山調の絢爛豪華な造りが目を引く。
脇には追い腹(殉死)をした家臣たちの墓石が
並んでいる。
なお、隣の資料館では、発掘調査時の
記録映画や副葬品が上映・展示されている。
副葬品には南蛮渡来の品々も多い。
政宗の頭骨も発見されたので、
それを元にした復顔像も展示されている。
確か大河ドラマの最終回で紹介されている。
瑞鳳殿と資料館を後にいったん階段を降り、また昇り
反対側にある二代目忠宗の墓所感仙殿を訪ねる。

FI2622186_2E.jpg


このエリアも空襲で焼失し、マスター子供のころは
鬱蒼とした杉林の中に放置されており、子供だけでは
怖くて入域できなかったものである。

ちなみに瑞鳳殿の方は、跡地に「瑞鳳殿跡」と書かれた
木柱が立つやはり寂しい場所で、
このように絢爛豪華に再建されるとは夢にも思わなかった。

ここにも脇に追い腹をした家臣の墓がある。
FI2622186_3E.jpg

向かって左側に隣接して三代目綱宗の墓所「善応殿」があります。
ガイド「善応殿には追い腹した家臣の墓はありません。
なぜならば、綱宗は若くして家督を継いだあと、
酒色に溺れわずか21歳で隠居させられます。
子供は幼児だけで
これが後の『伊達騒動』の原因のひとつとなります。」

※なお綱宗は天皇家の血を引いているため、
徳川家に睨まれぬようにわざと酒色に溺れたという
説もある。隠居後は現在の某元総理同様、
文工芸に嗜んだ日々を過ごしたし、
何よりも「不名誉な隠居」なのに、このような
立派な墓所を作ってもらえるというのは
その傍証といえよう。

二代目、三代目の墓所はマスター上京後に
調査・再建されたもので今回が初訪問である。
墓所から、駐車場へ階段を下る。
FI2622186_4E.jpg


長い急斜面であることがお分かりだろう。

なお、観覧者から質問が出たが、現在の伊達家当主は
47歳(マスターと同世代)で、某家同様子供は女性しか
いないが「何とかなるでしょう。」とガイド嬢は答えた。

また、それ以降の伊達家墓所は別の場所にあります。

マスターが上京したとき住んだ「仙台育英会五城寮」は
この伊達家下屋敷跡にあった。
もっとも、寮建設時には土地はすでに伊達家を離れ
東京都所有となっており、寮建設には東京都の役人への
多大な陳情があったと聞いている。

また「昭和の伊達騒動」(あまりにも情けない事件なので
詳細は書きません。三代以降の墓所も関係あり。)のこともあり、
マスターの母方のように藩政以来の仙台人には
現在の伊達家の評価は(以下略)。

そういえば、二日ほど前「当主」がテレビにでていましたなあ。


身を崩し国を守れる油照り
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