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仙台ホテルのカレーライス(画像復旧・追記あり)

帰仙したときである。
初売りに出かけると言ったら
父が「それならば仙台ホテル地下の
カレー屋に行きなさい。名物だ。」と
アドバイスをしてくれた。

仙台ホテルに赴く。
かっては仙台の表玄関として、
皇族や司馬遼太郎も泊まったホテルである。
数年前に経営母体が破綻したのは知っていたが
舗道に向いたロビーのカフェテリアは閉鎖され
シャッターが降ろされているのは寂しい。
FI2622714_1E.jpg

地下の飲食店街を覗いたが、カレー店は無いようだ。
たぶん類似店舗は統合されたものと、ビジネスマン的推測をして、
二階のカフェテリアに向かう。
(イメージは現ビルの開業時だそうです。
駅前でも他にビルが建っていなかったのは改めて驚きます。)


推測は当たった。
二階のカフェ「アンフルール」でメニューを
開くと「『ルフラン』の味を引き継ぐカレー」
として、数品のカレーライスが紹介されていた。

一番安いシーフードカレーを連れ合いと二人分注文。
「辛口・甘口」を聞かれたので、連れ合いに合わせて「甘口」を選ぶ。

出てきたカレーはイメージの通りで、結構な値段相応の味であった。
FI2622714_2E.jpg

しかし、「甘口」なのに我々には「辛口」タイプにしか感じなかった。
この甘辛度がこのホテルのスタンダードなのだろうか。
仙台ホテルは「伯養軒」という会社のホテル部門だった。
弁当(駅弁)部門は一時は東北地方の主要駅の駅弁を抑えていた。

しかし、ご他聞にもれず、バブル崩壊後の仙台経済界の凋落から
逃れることは出来ず、弁当部門は給食会社に譲渡。
ホテル部門も不動産&ファンド会社に譲渡。どちらも東京資本。
元オーナー一族はマスター生家近くで落剥の身を過ごしている。
正面ロビーではこの期に及んでも
「仙台×高同窓会」の宴会案内があったが、
今頃慌ててもどうしようもない。カネは東京に流れるだけなのに。


司馬氏が(遅い)朝食前に立ち寄った
隣のビルの「アイエ書店」も閉鎖されてから久しい。

仙台の場合、成績優秀な高校生の「第一集団」は、
地元東北大でなければその時点で東京に流れる。
僅かな東北大進学組も多くは就職で上京。
「首都圏の普通のサラリーマン」となる。

地元に残るのは老舗の跡継ぎか、「第二集団」(主に教師になる)。
彼らが仙台の経済・教育界を担うのだから、
はっきり言って海千山千の東京・関西資本にいいようにやられるのは
新自由主義の当然の結果だろう。

東京に「流出」した頭脳を呼び戻すのは無理だ。
それより「流出組」の「智慧」を借りて、それを生かすような
「組織(ハコモノではない)」を作る方が
仙台地元資本の再生には必要だと思う。

故郷のカレーは辛し冬木立

(司馬氏の件は『街道をゆく』の仙台の記述から推測しました。)

※ちなみに老舗の風格が滲み出ているホテル・建物も
「改築」のため、本年中に閉鎖・取り壊しとなります。



2011年5月25日追記
「仙台ホテル カレーライス」でのアクセスが確認され復旧しました。
本稿に書かれているように、一昨年末仙台ホテルは閉鎖され、
現在は建物も取り壊されて更地になっています。
ホームページだけは生き残っています。
テナントは移転したのも結構あります。
亡き父は仙台ホテルの床屋を長年贔屓にしていました。
ホテル閉鎖後、父は死の床につくまでの役一年間どこの床屋に出かけていたのか
聞き漏らしました。心のこりです。
なお、床屋は創業の地にもどっているようです。
「理髪室」
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コメント


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ルフランのカレー、時折食べに行きました。
家の父も、仙台ホテルの理容店を利用していて、
その際に食べて、ルフランを教えもらったのが、きっかけです。

かんば~らんど | URL | 2011年05月27日(Fri)02:53 [EDIT]


Re: タイトルなし


かんば~らんど 様
コメントありがとうございます。
先ほど調べましたら、ホテルの跡地は
とりあえず平屋のレストラン街になるようですね。
あのブロックはまとめて再開発するようなので
その時には再び駅前らしい姿を見せてほしいものです。

2000円マスター | URL | 2011年05月27日(Fri)21:08 [EDIT]