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マスターは外国人に間違えられる3

1986年マスターは勤務先の夏休みを利用して韓国へと旅立った。
その年、韓国はアジア大会、二年後はソウルオリンピックを控えていたが、
マスターの周囲の反応は「独身だからこそ楽しめるんだね。うらやましい。」
とか「反動軍事独裁政権にカネを落とすとはけしからん。」とハッキリいう人もいた。

何度も言うが、90年代後半からは、美容・買い物・韓流からみで
女性観光客が多く訪れる国になった現在とはやはり隔世の感がある。

慶州国立博物館(日本語版あり)を訪れる頃には、ソウルの市場で買った韓国の
ブランド物に身を固め、韓国人から「おや、こちらで服を買われたのですね。」
といわれるようになった。

展示されていた土器類(サイトでも見られます)には、米作・貯蔵をしていた証拠に
土器の底に米の跡がついていたところを拡大して見せていた。

隣で見ていた中年女性たちは日本人ツアー客であったようだ。
米粒跡の意味がわからないらしく。「なんだろうね。この意味は。」と語らっていた。

マスターはつい同じ日本人として
「あ、それは米粒の跡で稲作をしていた証拠です。日本でも弥生時代から
米作が始まったでしょう。その事を学校で教えますよね。
それと同様に韓国でもこの土器が作られたころから稲作を始めたのです。」と
「解説」をしてあげた。

女性たちは、暫しポカンとして、そのあと一人が「詳しく教えていただき有難う
ございました。」と述べた直後、そそくさと展示順を無視してその場を立ち去った。

マスターも暫しぽかんとした後、気が付いた。
「ひょっとしたらマスターは『日本語の上手い韓国の若者』と思われたのか。」
それから彼女らがツアーバスの中でどういう会話を交わしたかは
当時の対韓感情から容易に想像できた。

余談
慶州の銀行で両替をした。
マスターがパスポートを見せると、当時は韓国人の観光出国は許可されていなかった
ので、珍しいのか若い女子行員全員が集まりマスターのパスポートを眺め、そして
代わる代わる手にとって眺めた。

韓国が海外観光旅行を解禁するのはそれから二年後ほどのこと。
彼女らの何人かは新婚旅行で「自分のパスポート」を手に携えたであろう。

暑き日の白昼夢か慶州の旅

イメージは慶州・韓進旅館の中庭のマスターです。
マスター2




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