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マスターはあの予備校生の大先輩

木曜夜より父の昏睡状態が始まったと
金曜の朝にマスターの携帯に電話が入った。

母の例からみて、週末に亡くなることが予想された。
以前より上司には父の状態を連絡していたので、
翌週の仕事の段取りを済ませて、終業後東北新幹線に飛び乗る。

父は一見普通通り休んでいる様子だった。
下顎呼吸やチェーンストークは見られない。
しかしヘルパー・看護師さんが付けている日報を読むと
「看取りの時期」に入っているという。
とりあえず連れ合いには時間があれば土曜日の夜にでも
仙台につくように連絡する。

土曜日の朝となった。父の容態は変わらない。
おそらくXデーは夜か、翌日曜だとマスターは踏んだ。

連れ合いは「胸騒ぎ」がするので早朝に東京を経ち、
午前中に仙台に新幹線で到着するという。

今週初めまで、健気に見舞客と一緒に写真に収まっていた父。
母と違い病状は劇症(進行が速いという医学用語)のようだ。

マスターは胸騒ぎ一つしないので、
父のカメラに収まっていた写真のことを相談するため
父の懇意にしていたカメラ店に赴く。

このカメラ店の近くにあの「京大携帯カンニング事件」
の少年が通っていた予備校がある。
そこは遥か30数年前にマスターも通っていた予備校でもある。

カメラ店の要件が済んだ後、予備校に足を運ぶ。

本館は立て直されて小奇麗になっていた。
「時節柄」か警備員が立哨していて撮影は憚れる。

以前と同じままの建物を二つ見つけた。
ひとつは駐輪場棟、上部の教室もそのまま。
向かいの建物も同じだった。
イメージは向かいの建物。
IMGP0015_convert_20110320111645.jpg
今は使われていないようである。
マスター在学時、一階は食堂、二階以上は自習室に充てられていた。
「カツカレー」を初めて知ったのはこの食堂である。
280円くらいでボリュームがあった。

予備校時代の思い出にふけっていると携帯が鳴り現実に戻される。

焦りのみ思い出したり19春
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