進め!2000円札

二千円札の利用を呼びかけています。画像欠落記事はコメント・  メールにて遠慮なく連絡ください。気付き次第復旧致します。

葬儀進行

居残った親戚間で会議が開かれる。
今後のスケジュールの確認である。

通夜・葬儀は故人の意に反して、仙台市内の斎場で世間並の規模でおこなうことにした。
地元紙への死亡広告も、故人の意に反し通夜・葬儀前に出すことにした。

勿論葬儀屋には年末から内報している。
母の葬儀は父の意向で文字通りの野辺送りだった。
大叔父が意外にも「あの時は地元の人たちから『もう少しまともな葬儀にすれば』と
言われて困った。」とこの場で話した。
地元の付き合いもある大叔父には恥ずかしかったのだろう。

母の死亡広告を葬儀後にしたため、後で死去を知った人たちが家に
三々五々訪れ、対応にも困ったことも記憶に新しい。

仙台の葬儀のスケジュールは火葬場と僧侶のスケジュールの摺合せで決まる。

火葬は月曜昼に決まった。骨上げ後、その夜に通夜、翌日午前中に本葬と決まった。
やや急いでいるが、僧侶のスケジュールも勘案しなければいけなかったのである。

なお、仙台では火葬後の通夜・葬儀は普通の事である。母もそうだった。
葬儀後の火葬方式は「東京流」とよばれている。
逆にマスターは上京後、葬儀に列席すると、
最後に個人の顔を拝むことに面食らったものである。

父の故郷の寺への納骨も、四十九日を繰り上げ法要にして金曜日昼にした。
ついでに母の三周忌も本来は今秋なのだが、繰り上げて一緒に済ませることにする。

親族が仙台や東京に出ており、何度も帰るのが面倒なための生活の知恵なのだろう。

日曜日にも口コミや町内会の掲示板で訃報を知った人たちが訪れた。
勿論、当日の都合がつかない人たちもいた。

一人ひとりに父の思い出話を伺う。


喪服着て思い出を聞く春の宵
関連記事
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する