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3・12 栗原市築館から仙台へ

栗原市に話は戻る。
電気ならぬローソクを消して寝床に潜り込んだ大叔父一家とマスター。
水は通じたのが助かった。
今は温水シャワートイレのため、トイレも電気がないと作動しないことに気付く。
タンク脇の蓋をあけると小さな手動レバーがあり、これを使えば水を流せることを発見。
こんなこと大地震に遭わなければ気が付かなかった。

ラジオはつけっぱなし。沿岸部の津波の被害は恐ろしいばかり。
夜間では何も動けない。ラジオは建物の屋上に取り残された人たちに
一晩中励ましの言葉を送り続けている。
追い打つように新潟にも地震が起きたそうだ。
いったいどうなるのだろう。

東京は予想通り帰宅難民が大量発生したらしい。
父の死去が無ければマスターもその一人だったはず。
おそらく、地理的に会社泊まりでなく、徒歩帰宅を選んだだろう。
午前3時にふと目覚め、首都圏の連れ合いの実家に携帯で電話。
奇跡的に通じる。
義母が起きていた。こんな時間に起きていたのをいぶかしがると、
義姉が徒歩帰宅の最中でようやく近くの鉄道駅までたどり着いたそうだ。
東京も結構大変だ。

やがて6時を過ぎ、夜明けとなる。
夜明けとともに緊急車両のサイレン音、
ヘリコプターの爆音が空を覆い始める。

昼間のサイレン音とヘリの爆音はその後東京に帰るまで悩まされ続ける。
なんとなく起床。大叔父の娘さんはマスター同様、ラジオを聴きながら
まんじりとした一夜を過ごしたそうだ。

簡単な洗面の後、男はすぐに後片付け、女性は朝食つくりを始める。
そうそう乾電池での携帯の充電も。

土曜日だが出勤する大叔父の娘さん、学校があるお孫さんが
電池チャージは優先だ。居候のマスターは最後。
大叔父の娘さんは「子供がいるので。」という理由で
金曜日は地震発生直後に帰宅したそうだ。
その代り、本来は休みだが
土曜日の午前中の出勤をしないといけなくなったようだ。

朝食は卵入りオジヤ風ラーメン。限られた材料とカセットコンロで作る手腕には頭が下がる。
ひと段落つくとマスターの身の振り方について大叔父が話し始めた。

遅霜や「もう少しの辛抱」とラジオ言い

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