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3月12日の河北新報朝刊

(震災記事続く)
大叔父宅での一夜が明けた。
「これからあと何日この栗原市で過ごすのだろうか。」と
ぼんやりと庭を見つめていた。
(画像はその庭。地震でテーブルや庭灯が倒れている)
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ふと見るとポストに新聞が入っているのではないか。
大叔父も気が付き取り出す。
河北新報
電気が通じず、テレビが付かないので初めて見る震災の画像であった。
写真はマスターは勿論のこと、仙台市民の魚釣り好きならば
誰もが出かけたことのある閖上地区の悲惨な状況である。
あの静かな漁師町が水没・火災を引き起こしているとは。

それよりも驚いたのは河北新報である。
よくあの大地震の翌朝に、たとえ号外程度の紙面でも
編集してこの宮城県の外れまで定時に配送したものである。
河北新報は地元のボスみたいなもので、マスターは悪印象を持っているが
この震災でも新聞を発行・配達したのは賞賛に値する。
勿論、ここまでこぎつけるのは大変だったそうだが
マスコミ人のプロ意識、良心がこの新聞の記者・社員たちに
残っていたのは素直に認めたい。ありがとう。

同時にテレビが付いている関東以南では大騒ぎになっていることが
予想できた。この写真以上の画像が垂れ流しになっているのだろう。
30年前の宮城県沖地震の時もそうだったが、これからの対応が大変だ。
(これものちに知るが、世界中がしばらく「垂れ流し」状態だったそうだ。)

大叔父が今後の予定を語り始めた。
ガソリン不足と渋滞が予想されるが、
とりあえず大叔父宅のクルマで仙台まで送ってくれるそうだ。
この非常時によそ者を置いておくわけにはいかないのだろう。
さっそくクルマに乗り込む。
クルマに乗った直後、飼い猫のメリーちゃんがいないのに気が付く。
大叔父はすでに承知していた。昨日帰宅した時には姿がみえなかったそうだ。
(この記事を書いているいまでも大叔父にメリーちゃんの消息は聞いていない。
おそらく戻っているだろうが。)

とりあえず栗駒市中心部の築館へ向かう。
幸い仙台までのバスが「いつ仙台につくかはわからない」が出るという。
バスの営業所で待つこと30分。仙台行のバスにのる。
大叔父も不安な仙台往復がなくなり助かったようだ。
なお、大叔父はこの後地区の一人暮らしの人たちの安否を
直接確認に出かけたそうである。コミュニティがまだ生きている。

寒風を切りて近づくバスの音
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