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3・12の夜へ

やはり「つっかい(つっかえ)棒」は役だった

の続き。
絶え間なく続く余震とヘリの爆音、緊急車両のサイレン音の中
叔父宅同様、マスター夫婦は後片付け作業を始める。
物音を聞いて帰宅を知った近所の人が訪れる。
ライフライン・破損状況の確認の後は必需品の在庫状況である。

マスター家は父の病状が長期にわたるとみて、2月の後半に
様々な必需品をそろえていた。それが「役だった」。
まず食料。電気は通じないが葬儀関係の残り物が
冷蔵庫に痛んでないまま保管されていた。寒い季節だったのが幸いだった。
中の冷気が逃げないように丁寧に扉を開けてこれらの食料を食べ始める。
缶詰・レトルト・米も十分にある。
父死去時には扱いに困った満タンにした灯油。
こちらも、一転して灯油不足になったのでまさに救いの神。
父が入院時から面倒を見てくれた近所の人に「おすそ分け」。
灯油缶2個を抜き取ってもまだ余る。
先ほどまでいた仙台の叔父宅に電話。
叔父宅も灯油不足に悩まされており、ガソリン不足を
気にしながら翌日クルマで灯油をもらいに来た。
ついでに、マスター宅では不要となった食器類も
必要なものを持ち帰った。

勤務先には仙台到着後すぐに連絡。
緊急メンテのためそのまま残っていた部員と連絡が取れる。
昨日、会社に泊まったひとは不要不急のひとは早朝に帰宅したそうだ。
東京は電気もあり電車も動き始めているようだ。
なお、電話は固定・携帯ともに不安定である。
ネットが意外と通じる。メールも時間はかかるがこれも通じる。

はやくも17時をまわり、外は暗くなる。
片づけは中止。リビングに布団を持ち込んで寝る準備。
食事は冷蔵庫にある食物。携帯カセットコンロはとくに
使わなかった。

夜間になると惨状をテレビでみた遠隔地から
見舞いの電話がポツポツとかかってくる。
ほとんどが名古屋以西。東京も自分たちの対応が大変なのだろう。
そしてほとんどが震災直前の父の死を知らなかった。
津波に襲われた「仙台市若林区」の惨状をみて、
「若林区」在住の父の身を案じて電話をしてきたのだった。

3.11の不安甦る梅雨の空
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